5

深夜。
出て行ったニュクスがどうなったのか、どうにも気が気でないジェレマイアは、彼を探し、薄暗い路地を走っていた。


「嗚呼、本当にどこ行っちゃったんですかね……」


東エリアの住人であるジェレマイアには、南エリアの土地勘が余り無い。仕事の為に頻繁に出入りしているとは言え、分かっているのは月桂樹やキコの診療所へ行く道と、商店街の近辺位だ。後は殆ど行動を共にするニュクスに任せてしまっている。その為、今走っている場所も具体的に何処なのか、良く分かっていない。歩き慣れた道と違い、薄暗く、じめじめとしていて何だか気味が悪い。マスターにニュクスが向かった先の心当たりを聞き、それを頼りに来てみたが。正直来るんじゃなかったと後悔している。今にも『何か』が出て来そうな、不気味な雰囲気。『同行者』は居るものの、足が遅いのか目に見える範囲にその姿は無く、互いの距離は大分離れてしまっている。実質一人の状態であった。
そうして走って行く内に、夜風に乗って何かが焦げた様な臭いが漂って来た。木や紙が燃えたのとは異なる、それこそ生き物が焼けた様な、嫌な臭い。鼻の奥に残る不快なそれに眉を顰め、ジェレマイアはその元を辿った。


「うえ、くっさ……」


吐気を催す臭いだ。正直長く吸っていたくない。けれどそれは近付いて行くにつれ、どんどん濃くなって行く。それと同時に、余り考えたく無い、或る可能性が脳裏を過ぎる。まさか、いやそんな事は。己の思い過ごしであって欲しいと思いつつ、目の前の角を曲がる。
そしてその先に有ったのは。


「…………っ!?」


ありとあらゆるモノが焼け焦げた異様な空間。建物の壁も、コンクリートの地面も、纏められていたゴミの山も、何もかも。其処に嘗てあったモノ全てが本来の色を失い、真っ黒に変色していた。
そんな中、唯一鮮やかな色を宿していたのは、路地の中心に立っている男だった。逆立つ真紅の髪に、空に浮かぶ満月の様な金色の双眸。がっしりとした大きな体躯は2mを超えるだろうか。初めて見る顔だが、ジェレマイアには彼が何者なのか、一目で分かった。周囲の変わり果てた風景は、この男が生み出したのだろう。その見目に相応しい、燃え盛る炎によって。
しかし、其処でジェレマイアは奇妙だと思った。この男を探していた筈のニュクスの姿が見当たらない。自分よりも先に月桂樹を飛び出し、夜の街を探し回っていた彼が、この暴君を未だ見付けられていないとは考え辛い。
一体何処に行ったのか、その答えは、男が手にしている『物体』にあった。


「ニュクスくん!?」


男が片手で鷲掴みにしている物体。それもまた、全体が焼け焦げていた。まだ燃やされて間もないのか、ぷすぷすと乾いた音が鳴り、至る所から煙が出ている。殆どが真黒であった為、最初は何か分からなかったが、男の手の辺りに僅かに残る銀色を見て、ジェレマイアは確信した。男が掴んでいるのは人間の頭部。其処から地面に垂れ、伸びているのはその下の胴体。人間の体であるのは間違いないが、腕や足と言った、一部のパーツが欠損している。元々纏っている服が黒い為に、何処まで焼かれてしまったかは分からない。けれど『彼』の損傷具合は相当酷い様に見えた。
彼は――ニュクスは既に男と会っていた。そして、男と交戦して敗北し、炎に巻かれ、燃やされた。周囲に漂う悪臭は、ニュクスの身から放たれていたものだった。


「あ? 何だよ、コイツのお仲間か? ちーっと遅かったな」


ジェレマイアの声を聞き、男が振り返った。手にしているそれの名を呼んだジェレマイアへ、歪な笑みを浮かべ、緩く首を傾げて見せる。しかし、既に頭部以外は炭状態となっているニュクスの方はと言うと、意識が無いのか――或いはもう死んでしまっているのか――ぴくりとも反応しない。


「そ、その人、殺しちゃったんですか?」
「こいつか? さーて、どうだろうな。まだ息は有るかも知れねえ……が」


勿体ぶる様な、意味深な言葉。ジェレマイアの問い掛けに対し、男はにやにやと、嫌らしい笑みを浮かべながら言って返す。その後、手にしているニュクスの頭部を持ち上げると空いている方の手で彼の首を掴み、何を思ったのか雑巾を絞る様に捩り始めた。みちみち、ぶちぶちと。皮膚や筋肉の細胞が切れて行くリアルな音がジェレマイアの耳の奥まで響く。ヒトの肉体は、或る程度は丈夫に出来ていると思ったが、目の前の男はそんなヒトの身を大して力も込めずに簡単に捩って行く。


「――――ッ!」


みち、ぶち、ぶち、ぶち、ん。
それは人の体から出たとは到底思えない音だった。最後に太い何かが千切れる音がし、周囲に血飛沫が舞う。
ニュクスの頭部が胴体から引き離されたのだと気付くのは、飛び散った血がジェレマイアの頬を汚してからだった。ばたばたと捩り切られた断面から大量の血が溢れ、地面に落ちて行く。男はニュクスの頭部を自らの眼前に掲げ、光を失った彼の双眸を見据えると満足気に笑った。




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