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ニュクスは銃口を男の頭部へと向け、狙いを定めた所で彼を撃ち抜かんとトリガーに触れる指に力を込める。
しかし、男も黙って撃たれるつもりは無い様で、それなりに危機感を覚えたか、漸くニュクスの方へと向き直り、構えた。互いの距離はもう数メートルと無い。


「当たらなきゃ、どーってこたねえな!」


先に動いたのは男の方だった。地を蹴って駆け出し、ニュクスよりも速く距離を詰める。突然眼前にまで迫った男に対し、ニュクスは驚き双眸を見開くも、もう後には引けないと思い、トリガーを強く握り込んだ。しかし、男の方が僅かに速く、銃口は男が振り上げた拳によって軌道を変えられ、発砲こそしたものの、狙いは大幅にずれ、直ぐ横の建物の壁を撃ち抜く形となった。


「……っちぃ!」


当たっていれば、その頭を吹っ飛ばすことも出来ただろうに。露骨な舌打ちをし、ニュクスは直ぐに持っている銃を霧散させた。そして、反対の手に再び別の銃を生み出そうとして、腹部に強い衝撃を感じ、息を詰まらせる。何が起こったのか、理解したのは目の前の男と目が合ってからだった。再び浮かべる、余裕のある笑み。それは先程の攻撃を避ける事が出来たからか。
その儘男は身を捻り、自らの丸太の様な足をニュクスの腹部目掛け、叩き付けた。生体兵器の怪力か、ニュクスの体は大きく横へ吹っ飛び、銃で穿たれた壁の直ぐ近くに打ち付けられる。


「がっ……!」


背中を強かに打ち、瞬間生じる息苦しさに思わず目を見開く。蹴られた腹部にも痛みが走り、立っている事が出来ず、壁に凭れ掛かった状態でずるずるとその場に崩れ落ちた。普通の人間相手なら、蹴られただけではこうはならない。見た目は少し体格の良い人間。しかし中身は化け物と称するに相応しい力を持った存在。己を蹴り飛ばした足を下ろし、にやにやと笑う男に対し、ニュクスは顔を歪めながら改めて手の中に銃を生み出し、握った。


「おーっと、手品はもう終わりだぜ。最初は驚かせてもらったけどよ、流石にもう飽きちまった」


男は大股でニュクスの傍まで歩いて行き、屈み込んで銃を握る腕を掴んだ。足同様、太く逞しい腕。力は強く、軽く握られるだけで骨が軋む様な痛みが走る。咄嗟に振り払おうとしたが、がっちりと掴まれたそれは幾ら力を込め、振っても解ける気配が無い。まずい、この儘では。ニュクスは過去に何度も男と交戦し、負けて来た。それ故、この後男が何をしようとしているのか、何となくだが予想が出来る。
にぃ、と。眼前にある男の顔に刻まれている笑みが深くなった。獰猛な金色の双眸がニュクスを見詰め、喜悦で細まる。咄嗟に掴まれていない方の腕で彼を殴り飛ばそうとした、その瞬間。男はニュクスの腕を掴んでいる自らの腕に炎を宿し、その炎をニュクスの腕へ纏わせた。


「あっ……ぐ、あああ゛あ゛あああぁあああああっ!」


蛇の様に纏わり付く炎は高熱で、瞬く間にニュクスのコートを焦がし、その下にある皮膚と肉を焼いて行く。耐え難い熱さにニュクスは思わず悲鳴を上げ、逃れようと必死に身を捩った。


「ははっ、相変わらずイイ声で鳴くじゃねえか!」


至近距離で鼓膜を震わせる絶叫。その声が心地良く、男の嗜虐心を刺激する。その気になれば一瞬で炭に出来る所を、男は敢えて苦痛を長引かせる為に力を加減した。それは獲物を直ぐに殺さず、嬲り殺しにする猫の行動に似ているが、今のニュクスにそんな事を考えていられる様な余裕は無い。焼けたコートは崩れる様にして消え、露わになった腕は嫌な音と臭いを生みながら少しずつ焦げて行く。炎の所為で腕だけでなく、身体も熱い。しかし、炎を生み出している本人は平然としており、苦痛に悶絶するニュクスの姿を観察する様に眺めていた。


「さーて、今度はどうやって殺してやろうか? 丸焼きはこの間やったからよー。次はバラバラに解体してやろうか?」


ニュクスが最後に『殺された』時、全身真黒に焦げていた。そうしたのは紛れもなくこの男で、当時の事を思い出しつつ、『なぁ?』と。男は首を傾げ、ニュクスに訊ねる。それはまるで殺され方を選ばせてやる己が親切だろうと、そう言っている様にも聞こえる問いだった。


「あ、ああァっ!ふ、ざけッ……ッぎぃいいいいいいいいい!」
「はっはー、嬉し過ぎて言葉も出ねーってか? いーぜいーぜ、たっぷりいたぶってやるからよ」


ふざけるな、と言おうとしたが、腕に走る激痛の所為で上手く言葉が紡げない。
そんな絶叫するニュクスを見下す男の顔は、何処までも楽しそうな笑みを浮かべていた。




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