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「暴君? 暴君って確かニュクスくんを殺した……」
「あの野郎が何処に出たって?」


何処かで聞いた事が有る様な、無い様な。余り良い存在では無かった気がする等と。過去の記憶を掘り返し、ジェレマイアは首を捻る。
そして、そのジェレマイアの言葉を遮る様にして、ニュクスが身を乗り出し、マスターに聞き返す。彼の存在が再び現れた。それはニュクスにとって願っても無い事であり、異様とも言える食い付きを見せた。


「一昨日から、中立都市に来ているらしい。今の所目立った被害は出ていないが、奴が暴れ出すのも時間の問題だろう。最後に姿が確認されたのは……南エリアの歓楽街だと」
「……っ!」


南エリアの歓楽街。それを聞いた途端、ニュクスは勢い良く席を立ち、料理を注文したにも関わらずマスターに背を向け、速足で店を出て行った。


「えっ、ちょ、ちょっと、ニュクスくん!?」


ニュクスが彼の暴君に対し、異様な執着――基怨恨を抱いているのは知っていた。しかし、情報を得てからの行動の早さが尋常では無く、制止も聞かず去って行った相棒に対し、ジェレマイアは困惑した様子で眉を下げる。追い掛けるべきか、否か。悩んだ所で、自分が追い掛けても止まる彼では無いと。深い溜息を漏らし、片手で頭を掻きながら席に座り直した。


「良いのかね? 一人で行かせて」


飛び出す様に行ってしまったニュクスと、それを追い掛ける事を諦めたジェレマイアを見て、ユリシーズがマスターに訊ねる。南エリアの事情は余り詳しくない。厄介事に何度か首を突っ込んだり、巻き込まれたりした事は有るが、暴君と呼ばれる存在については何も知らなかった。


「余り良くねえな。あの儘だと『また』殺されるぞ」
「また、とは?」
「ニュクスは暴君に何度か殺されてる。どうも好かれているらしくてな」
「ほう」


銃使いとして、この南エリアで名を馳せているニュクスが何度も殺されている。その事実に、ユリシーズは意外だとばかりに眼鏡の下の双眸を細めた。彼の実力は知っている。そう簡単に殺される様な男では無いと思っていたが、そんな彼が一度だけで無く、何度もとなれば暴君と呼ばれる存在に少なからず興味が湧く。知的好奇心の旺盛なユリシーズの反応を見て、マスターは如何とも言えぬ渋い表情を作って見せた。


「マスター、その暴君と言うのは何者なのかね?」
「帝国の生体兵器でな……その中でも最高傑作と言われる一体だ。炎の素質を持つ魔法使いで、その能力を使って好き放題暴れ回る碌でもねえ野郎だ。この辺りでも結構な被害が出ている」
「魔女達に動きは無いのかね?」
「今の所はな」


矢張り、と言うべきか。興味を抱いたユリシーズの質問に、マスターは溜息を吐きつつ答えた。彼は興味を抱いた事に対し、何でも知りたがる悪癖がある。その執念は獲物を狙う蛇の様にしつこく、彼が納得するまで収まる事を知らない。南エリアに良く来ているとは言え、ユリシーズは一応、東エリアの一般人だ。最強の魔術師と言われているものの、余計な事は教えたくないのがマスターの本心だ。けれどユリシーズにはその自覚が有るのか無いのか、気になる事はとことん追求する。一度、好奇心は猫を殺すと言うだろうと窘めた事が有ったが、大人しくなったのはそれから僅かの間だけで、直ぐに元の知りたがりに戻ってしまった。


「余り野放しにするのは……良く無いと思うのだが」
「俺もそう思うんだがな」


どう考えてもその暴君は不穏分子だ。出来る事なら排除したい。しかしニュクスですら歯が立たない相手に、一体誰が太刀打ち出来ると言うのだろうか。身体的にも、能力的にも。暴君に勝てる要素を持つ者が居ない。


「じゃあ教授が何とかしに行けば良いじゃないですか」
「そうしたら貴公も道連れだが?」
「……それは嫌です」


最強の魔術師なら、何とか出来るのでは無いか。無茶振りにも似たジェレマイアの提案に対し、ユリシーズはさらりと彼を道連れにする旨を返して来る。自身にとばっちりが来るのが嫌なジェレマイアは何も言い返せず、眉間に皺を刻み、頬を膨らませた。




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