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「そう言えばサイトのメールボックス見てなかったな」


起動した端末を操作し、思い出した様に呟く。レイの言うサイトとは、彼が電子世界で名乗っている名義――ゼロのもので、仕事の依頼を引き受ける為のメールフォームも設置されている。
レイは背後で見学しているユリシーズに振り返り、少しだけ待って欲しいとばかりに片手を眼前に掲げ、頼み込む仕草を見せる。それに対し、ユリシーズは特に急いでいる事でも無いと浅く頷き、近くに有った椅子を引き寄せると其処に腰を下ろした。


「うーん、結構来てるね。このサイトもそろそろ引っ越ししないと駄目かな」


管理画面を開き、メールボックス内に有るメールを件名だけ見てレイが苦笑する。基本的にゼロのサイトは検索避けをしてあり、簡単に見付からない様にしている。それも己を頼る者を振るい落とす為の手段なのだが、今回は放置していた時期が長かった為か、思いの外大量のメールがゼロ宛に届いていた。


「まあ、これは後で処理するとして。本題に取り掛かろう」


届いたメールに目は通すが、依頼を引き受けるか否かは気分次第。引き受けようと思う基準は、情報屋である己の知的好奇心を刺激して来るかどうか。それだけだ。殺人事件の犯人を捜してくれだとか、凶悪犯罪者の素性を知りたいだとか。中には行方不明になった飼い猫を探してくれなんてものも有る。面白そうだと思えばどんなに下らない内容でも引き受けるし、逆に面白く無さそうだと思ったものはどんなに金を積まれても引き受けない。それがゼロのやり方だった。
メールボックスを閉じ、サイトのサーバーからログアウトしたレイは、傍に有る複数の端末の電源を入れ、起動させる。中型端末の知識は人並みにしか無いユリシーズには、起動した端末のディスプレイに映る複雑な文字の羅列の意味が分からない。けれどそれらが全て、これからレイが取り掛かる作業に必要なものである事は直ぐに分かった。


「簡単に情報集めて、それから直接接触してみるよ」
「その様な事をして良いのかね?」


相手は多くのハッカーを返り討ちにして来た実力者だ。今の所対抗出来る者は居ないと言われているそれに、いきなり接触するとは。流石に危険過ぎやしないかと。キーボードを叩き、マウスを操作するレイの発言に、ユリシーズは軽く驚き、聞き返す。


「大丈夫だよ」


けれどレイは然したる問題では無いとばかりにあっさり返し、端末の操作を進める。メインは最初に起動した中型端末、それと左右に置かれた同じ形の端末二台。更にそれらの上部にある、壁から掛けられた小型端末を使い、情報収集を開始する。複数の端末を同時に起動し、迷わず操作する姿は流石と言うべきか。更に鼻歌混じりに作業を進める様子は楽しんでいる様にも見える。


「へえ、面白いパターンを使うね。流石は電子界の支配者って所かな」


情報収集に費やした時間はニ十分程。拾ったのはそのハッカーの被害を受けた者達の当時の状況や、ハッカー自身の活動頻度と範囲。そして他者に仕掛けたサイバー攻撃のパターン解析。どれも軽く目を通しただけでレイは満足し、接触を図るべく足取りを追う。直接接触するとは言ったが、それはいきなり真っ向勝負を仕掛ける様なもの。余程自信が有るのか。何にせよ、ユリシーズは事の行く末を見守るべく、彼の操作するメインディスプレイを眺める。


「でも」


丁度活動していたハッカーを発見したのか、レイの目つきが変わった。向こうもレイの接触に気付いたらしく、サイバー攻撃を仕掛けて来る。ディスプレイには先程よりも複雑な文字の羅列が走り、レイは攻撃に対抗するべくマウスを走らせた。プログラムを改竄しようとする動きに対し、此方はそれよりも早く修正を掛け、更に反撃を繰り出す。情報を引き抜こうとする行為には阻害する為の壁を作り、弾く。何れも簡単に行っている様に見えるが、ユリシーズは目で追うのが精一杯で、レイが今どの作業をしているのか分からない。


「その程度じゃ私には勝てないよ」


机の上に置いてあった、端末作業時に使用する眼鏡を取り上げ、掛ける。それは通常の眼鏡とは異なり、ディスプレイを見る際に掛かる目の負担を軽減する為のもので、これから集中して作業に取り掛かると言う、レイの意志の表れでもあった。既に激しくも見えない戦いを繰り広げている様だったが、これまでの作業はレイにとって子供のお遊び状態で、本気のほの字も出していない。不敵に笑むレイの顔を見て、ユリシーズは如何とも言えない苦笑いを浮かべた。こうなると、レイは止まらない。そのハッカー相手にとことん向き合い、再起不能になるまで追い込むだろう。


「ゼロの力、見せてあげる」


そう言ってレイは目にも止まらぬ速さでキーボードを叩き、ハッカーに対抗する為のプログラムを入力し始めた。




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