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レイの自宅は、大学から歩いて二十分程の住宅街に有る。
通りから一本入った先にある小奇麗な二階建ての一軒家。小さな庭には何時も手入れをされた花が咲き、訪れる者の目を楽しませてくれる。駐車場には年季の入った白い車と中型二輪が置いてあり、その横を抜ければ玄関に辿り着く。
彼は元々妻帯者であったが、妻には数年前に先立たれ、今は彼女との間に生まれた娘と共に二人で暮らしている。


「あの子は如何したのかね?」
「今日は友達の家にお泊りなんだって」
「……随分と自由にさせているのだね」
「まあ、私がこんな状態だからね。寂しい思いもさせてるだろうから、出来るだけやりたい事させてあげようと思って」


家の中に入り、人の気配が無い事に気付いたユリシーズがレイに訊ねると、彼は特に隠す事もせず事情を話す。彼の大切な一人娘。歳は確か今年で16だったか。彼が結婚した歳から数えると、そうなると思った。世間で言う『難しいお年頃』だが、彼との仲は良好らしい。素直で優しく、穏やかな娘であると、レイは事あるごとにユリシーズに自慢した。
そんな娘が、今日は外泊で不在であると言う。今回の仕事の事を考えると好都合と言えるが、久し振りに見れると思っていた少女の笑顔が見られない事を、ユリシーズは少々残念に思った。


「よし。始めようか」


夕食として彼の手料理を振舞って貰い、世間話に花を咲かせながら一服をする。それが終わると、レイはユリシーズを手招きし、二階に有る『仕事部屋』へと導いた。
決して広いとは言えない室内。その大半のスペースを複数の中型端末が占拠し、更に無数のコードが其処彼処に広がり、繋がっている。大学の整然とした情報処理室と違い、其処にあるのは雑然とした、小さな混沌の世界だった。


「電子界の支配者だか何だか知らないけど、私に勝てると思ってるのかな?」


部屋の電気を点け、全ての中型端末の電源を入れて、立ち上げる。複数あるディスプレイが正常に起動しているのを確認すると、レイは眼鏡を掛けて椅子に座り、机の上に有るキーボードに手を添えた。


「しかし他の者は皆返り討ちに遭ったと聞くが」
「それはその人達が情弱だ(弱い)からさ」


ユリシーズの言葉を聞き、ばっさりと切り捨てる。容赦の無い一言だったが、彼にはそれを言うだけの実力が有る為、ユリシーズは何とも言えない苦笑いをもって返す。彼の、レイのもう一つの姿をユリシーズは知っている。知っているからこそ、その自信に対し、同意せざるを得なかった。


「……最強の魔術師に言われてしまっては形無しだな」
「それは君の事だろう?」
「なに、『この世界』では貴公がそうだと思ったのでな」


現実世界における最強の魔術師はユリシーズ。それは誰もが知り得る事実。けれど電子世界における最強の魔術師はレイであると。ユリシーズは思っていた。普段は端末関係に人より詳しい講師として人々に認知されているが、実際は詳しいなんてものではない。


「まあ、『ゼロ』を打ち負かした事のあるヒトなんて、居ないんだけどさ」


『情報屋のゼロ』と。電子世界において、彼はそう呼ばれていた。ネット上でのみ活動し、オフラインでは一切姿を見せない、謎の存在。気まぐれかつ神出鬼没だが、一度依頼を引き受ければありとあらゆる情報を提供する、優秀な情報屋。南エリアでは有名な存在で、情報屋の界隈で彼を知らないと言えば完全な潜りである。
そんなゼロとレイが同一人物である事を知るのは、今のところユリシーズだけである。その事に、ユリシーズは僅かながら特別意識を持っていた。




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