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「……成程、つまりそのハッカーを何とかしないと、貴公等に仕事が回って来ないと」


マスターから一通りの説明を受け、納得したユリシーズは出されたサラダに手を付けながらニュクス達の方を見遣る。


「そうなんですよ。だから困ってたんですけど。そうしたらニュクスくんが無茶言って喧嘩吹っ掛けて来て」
「おい、最初に煽ったのはテメエだろ三流」


ジェレマイアの余計な一言が無ければ、別に揉める事は無かった。さらっと自分に責任を擦り付けて来るジェレマイアに対し、ニュクスは恨めし気な視線を送る。事の経緯は大体把握した。しかし、ユリシーズは彼等のやり取りは興味が無いとばかりにサラダを食し、オーブンに入れたドリアの焼け具合を確認するマスターの様子を眺める。


「ハッカーに対抗しうる存在は居るのかね?」
「いや、今の所これって奴は居ねえな。何人かは挑んだみてえだが、どいつもこいつも返り討ちだ。まるで話にならん」
「ふむ……」


サラダの器が空になった所でドリアが焼き上がり、マスターがオーブンから取り出し、木の皿の上に乗せてユリシーズの前に出す。温かな紅茶も一緒に提供して貰い、ユリシーズはマスターに感謝せんと目礼を送り、フォークを手に取った。
焼きたてのドリアの表面にフォークを刺し、中まで押し込むと真白な湯気が立ち上り、芳ばしい香が周囲に漂う。既に夕食は済ませていたが、隣に座るジェレマイアはその匂いに満腹の筈の胃袋がきゅうと鳴った様な気がした。
ほかほかのドリアを口に運び、ユリシーズはその味を堪能しようとゆっくりと咀嚼する。腹が満たされている筈なのに空腹感を与えて来るマスターの料理は、飯テロと言うものか。一人前は流石に食べきれないが、他者が美味しそうに食べる料理は自分も食べたいと思ってしまう。追加注文をしようか、否か。ジェレマイアが悩んでいると、ユリシーズが口を開いた。


「知己に一人、そう言ったネットワーク関係に強い男が居るのだが、聞いて見ようかね?」
「構わんが、生半可な腕では返り討ちだぞ」
「問題無い」


にたり、と。ユリシーズは不敵な笑みを浮かべ、断言する。電子界の支配者を名乗るハッカー相手に、余裕綽々である。彼自身が対応する訳では無いと言うのに、その自信は一体何処から来るのだろうか。


「お前がそう言うなら、止めはしないが。こっちを巻き込む様な真似はするなよ?」
「心配性だね」
「用心深いと言ってくれ」


何でも堅実にこなすのがマスターだ。この南エリアに店を構えて10年以上経つが、目立ったトラブルや事件に巻き込まれた事は殆ど無い。今回もハッカーを警戒して言ったのだろうが、ユリシーズは大丈夫だと頷き、ドリアを口に運んだ。


「数日と経たずに解決してくれるだろう。待っていたまえ」





「……なあ、マスター。そのお騒がせハッカー、結構やべえ奴なんだよな?」


ユリシーズが帰った後、本日何杯目かも分からぬ酒を煽り、ニュクスはマスターに訊ねた。


「ああ、どいつもこいつも悉くやられている。奴を止めるには『ゼロ』でも無ければ無理だと思うぞ。俺は」
「ゼロ?」
「誰ですか、ゼロって」


聞き慣れない名を聞き、ニュクスとジェレマイアはほぼ同時に首を傾げ、聞き返す。この南エリアで有名な人間は或る程度把握しているつもりだが、今マスターが挙げた人物と思しきそれは聞いた事が無い。


「ネット上でしか活動していない情報屋でな。腕は確かなんだが……」


とにかく気まぐれな存在で接触するのがまず難しい。
ジェレマイアがデザートとして注文したアイスを器に盛り付けながら、マスターはその人物について教えてくれた。『彼』は姿の見えない情報屋。個人のサイトを持っており、コンタクトは其処にあるフォームから行うらしいが、サイトのアドレスは頻繁に変わる。その為、広いネットの海から彼を見付け出すのが大変で、運良く接触する事が出来ても、気に入って貰えなければ直ぐにサイトごと消えてしまう。例のハッカー以上に神出鬼没。しかし彼の情報網は広く、彼と繋がる事が出来れば、依頼者の望むものに限らず、ありとあらゆる情報が手に入ると言う。


「まあ、此処は取り敢えず任せようじゃねえか。ユリシーズの知り合いとやらに」
「うーん、その人が何とかできるなら良いですけど」
「……ゼロって奴も動いてくれりゃあ何とかなりそうなのにな」


もしかしたら、彼が事態を重く見て動いてくれるかも知れない等と。そんな希望を抱いた所で、実際どうなるかは分からない。
今はユリシーズの知り合いが何とかしてくれる事を祈ってみようと。マスターは話題を切り上げ、皿洗いを始めた。




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