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自分達以外の客が来た所で、注意が逸れる事は無い。そう思っていたのだが、客人の声を聞いた瞬間、ジェレマイアは視線をニュクスから外して入口の方へと向けた。今聞こえた声はまさか、ひょっとして。自分の聞き間違いでなければ、この声の主は出来るだけ会いたくない人物のもの。


「久し振りだな、教授」
「やあ、久し振りだね。マスター」


人違いであって欲しいと。そう思い、見た先に立っていたのは、ジェレマイアの希望を打ち砕く人物であった。深緑の髪に、茜色の目。銀縁の眼鏡を掛けた、長身の男。彼が店を訪れるのは稀だが、今夜こうして出くわす事になるとは思わなかった。教授のユリシーズ。彼とジェレマイア達が会うのは、あの連続殺人鬼の事件以来だ。


「うげっ、来たんですか!?」
「来てはいけなかったかね?」


ジェレマイアの露骨な反応を見て、ユリシーズはくつりと笑い、扉を閉める。彼がユリシーズを嫌う理由は知っている。それにしても姿を見ただけで此処まではっきりと態度に出されるのは不愉快を通り越していっそ清々しい。


「いけない事は無いですけど僕としては来て欲しく無かったですね」
「ふむ、随分と嫌われたものだ」
「貴方だって僕の事嫌いじゃないですか」
「さて、どうだろうね?」


扉を閉めたユリシーズはゆったりとした足取りでニュクス達の居るカウンター席へと向かい、当然の様にジェレマイアの横へと座る。席はまだ空きが有るのに、何故近く、それも隣に座るのかと、ジェレマイアは渋い顔をした。しかしユリシーズはその事を分かっているのかいないのか、カウンターの上に両肘を乗せて組み、更にその組んだ手の上に顎を乗せ、笑みを向けて来る。意味有り気な笑みにも見えるが、ジェレマイアは先程までニュクスを煽っていた事も忘れ、むすくれた様子で彼から視線を逸らした。


「…………」


ニュクスはそんな二人のやり取りを眺めつつ、余計な事は言わない方が良いと判断し、沈黙を決める。未だジェレマイアに言ってやりたい事は山ほど有ったが、其処にユリシーズも参加すれば事態はややこしい事になる。彼等の仲を知っているからこそ、ニュクスは何も言わず、酒が注がれているグラスを煽った。


「マスター、メニューを」
「おう」


夕食がまだなのだろうか。ユリシーズはマスターから料理のメニューが書かれた紙を受け取り、目を通し始める。どうやら夕食がまだの様で、メニューに掛かれているチキンドリアとサラダを選んで注文し、出されたお冷を手に取り、口を付けた。


「それで、一体何を揉めていたのかね?」


先程の二人のやり取りが気になったらしく、ユリシーズは単刀直入に彼が店に来る前の事について説明を求めた。ジェレマイアは如何とも言えぬ表情でニュクスの方を見、ニュクスは敢えて何も言うまいと視線を逸らす。揉める、と言う程の事では無いが、そのやり取りの内容を教えた所で、笑われるのが目に見えている。何で、よりにもよって今日。ユリシーズは月桂樹にやって来たのか。タイミングの悪い登場に、ジェレマイアは渋い顔の儘、沈黙した。


「仕事が紹介出来ない状態でな、其処から派生して……まあ、何時もの様に」
「ほう?」


仕事が紹介出来ない。その言葉を聞き、ユリシーズは目を細め、マスターの方を見遣る。ユリシーズ自身がこの月桂樹で仕事を請け負う事は殆ど無い。けれど仕事を紹介して貰っている者達の事はそれなりに知っている為、興味を持ったのだろう。今此処で、実際に困っているニュクスとジェレマイアを見れば、尚の事。


「何が有ったのかね?」


注文した品が出て来るまでの暇潰しのつもりか。ユリシーズは笑みを浮かべた儘、緩く首を傾げマスターに訊ねる。それに対し、マスターは冷蔵庫から調理に使う食材を取り出し、包丁を握りながらユリシーズに事情を説明し始めた。




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