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仕事を終え、一夜明けたその日。
月桂樹のマスターへの報告を済ませたニュクスとジェレマイアは、少女の件を伝えるべく、キコの元を訪れていた。


「うーん、まさかあの企業のお偉いさんの娘さんだったとはねー」
「ほらぁ、やっぱり当たってたですぅ」


ニュクス達の話を聞いたキコは、砂糖がたっぷり入った紅茶を啜り、何とも言えない笑みを浮かべる。男の経営するIT企業はそれなりに名の知れたものだったらしく、キコもその企業の事を知っていた。
そして、キコと客人達に紅茶を淹れたペインは己の嫌な予感が当たったと。カップの乗ったソーサーをニュクス達へ出しながら困り顔のドヤ顔で言う。最初から臭い案件だと思っていたそうだが、今更そんな顔をして言われても困る。


「けどよ、父親が病気で薬が必要なんつったら信じるだろ」
「そだね。おれでも信じちゃうかも」
「そっちの薬かって、感じでしたけどね」


今回の件は、公にする事は無いと依頼者は言っていた。それでも何か有った時の為に、表向きはIT企業の社長は屋敷に侵入した強盗によって殺害され、その娘も巻き添えになる形になったと。そして、金目の物が見付からない強盗は怒り、会社の機械に八つ当たりをしてその大半を破壊したと。また、彼等を殺害した犯人は逃走中に治安部隊によって射殺された事になった。保管されていた薬物に関しては、依頼者が掃除屋に頼んで全て処分したらしい。事情は南エリアの重鎮にも伝わっている様で、この事件は上手く隠蔽される事となった。


「それにしても、今回は嫌なお仕事でしたね。マスターは知ってたんでしょうか」
「さぁな。何にしても、金貰ってるから文句は言えねえよ」


如何な経緯が有ったかは知らないが、男は薬物に手を出し、中毒になり、薬を手に入れる為に会社の金を使い込んだ。その結果、会社の資金繰りが苦しくなり、スパイ活動に手を染める事でその資金を調達し、苦しい財政状況を凌いでいた。そして、男の異常な様子に気付いた、娘である少女には自らが病気であると告げ、薬を買う為の金が必要だと言っていたのだろう。何も知らない少女は男の言葉を信じ、男を助ける為に月桂樹の扉を叩いた。


「でも本当、あの子は可哀想だったねー。純粋な子は可愛いけど、こんな事になるとは思わなかったなー」
「……助けられなかったのかなって、思う事はあります」
「いやぁ、無理だよ。だっていきなりオッサンにパーンされたんでしょ? どーしようもないって」
「それは、そうですけど……」
「仮に助けられたとして、その後どーすんのさ?」


少女は気付かぬ内に薬に侵されていた。仮にあの場で撃たれなかったとしても、その後は中毒症状と戦う過酷な生活が待っていただろう。
薬物の依存性の高さを、ニュクスは知っている。過去に自らの意志とは無関係に投与された事が有り、地獄の苦しみを味わった。己でさえあれだけ苦しんだのだ。ごく普通の一般人である少女がそれに耐えると言う状況は、想像し難い。
もし耐えられる精神が有ったとしても、誰が彼女の面倒を見るのだろうか。生憎、ニュクス達も他人の世話が出来る程、生活に余裕は無い。多少、お人好しな所は有るが、自らの身を削って人に尽くせる程献身的でも無い。
致し方なかったのだと、言い聞かせるしかなかった。


「でもさぁ、何か最近不穏だよね。王国と帝国の争いが激しくなってるって言うか」
「戦況はどうなってるんですかね」
「拮抗しているとは聞いたが。近い内にでかい戦が有ってもおかしくねえだろうな」


今回の件に限らず、中立都市内での外の国に関するスパイ活動は増えてきていると聞く。
帝国が王国に仕掛けた侵略戦争。それも随分長い年月が経っている。大国である帝国と、小国である王国。一見、帝国の方が有利に感じられるが、王国の抵抗は激しく、未だ決着が付かないと言う。休戦協定の話も過去に何度か出ているが、締結に至った事は一度も無い。
日に日に激化していく二国の闘争。もしかしたら、近い内に進展が有るかも知れない。


「要らん事持ち込んで欲しくねえんだけどな。物騒な世の中になったもんだ」
「毎日物騒じゃないですか、貴方」
「うっせえよ」


人の事を言える人間か。紅茶を啜りながら、ニュクスはジェレマイアを軽く睨む。


「まあまあ、平和に行こうよ。何かあれば魔女さん達が教えてくれるだろうし」
「ああ、そうだな。アイツ等行動早いからな」
「そうですね。何とかなりますって、今後も」


今までがそうであった様に。願望にも似た言葉を返し、ジェレマイアも紅茶のカップを手に取る。
そうして紅茶を飲みつつ、暫し談笑したニュクスとジェレマイアは、日付が変わる少し前に診療所を後にした。




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