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危険な薬物が、病気に効く薬とは。言われた言葉が理解出来ず、混乱しそうになる頭を何とか整理しようと思考をフルに働かせる。
この手の薬物が病に効果が有ると、聞いた事は無い。痛みを誤魔化す為に投与する薬物が有るのは知っているが、男と少女の様子を見るとそれとは異なる様で。
疑問に思っていると、少女は更に言葉を続けた。


「私も、病気になったって言われて、それを使う様になったら凄く良くなったんです」
「……嗚呼」


成程。ニュクスは其処で得心が行き、同時に如何とも言えぬ溜息を漏らした。
此処に有る薬物の詳細は知らない。けれど、どんな効果が有るのかは大体予想が出来る。薬物の接種によって得られる一時的な快感を快調と思い込んだのか。良く見れば、少女が着ている服の裾から覗く両の腕には無数の注射痕が残されていた。恐らく、キコの所に行かなくなってから今日に至るまで、毎日接種していたのだろう。一度得た快感は忘れられず、少女は知らず知らずの内に薬物中毒に陥っていた。その見た目には未だ変化は見られないが、もう少しすれば、庇っている男の様に醜悪な姿になってしまう。
無知とは恐ろしいものだ。男が接種している薬物が何かを理解していれば、少女が手を出す事は無かっただろう。さて、この状況をどう説明すれば彼女は納得してくれるだろうか。銃を構えた儘、ニュクスは掛ける言葉を探した。


「お前が薬だと思ってるそれは、立派な毒物だ。病気に効く様なモンじゃねえ」
「そんな事無いです!だって父もこれを使ったら体調が良くなるって……」
「違いますよ、体調が良くなった様に感じるのは、薬による一時的な快楽です。貴方は元々病気じゃ無かった」


ニュクスだけでは説得しきれないと思ったのか、ジェレマイアも加勢し、少女に薬物の危険性を説く。しかし少女は首を横に振り、室内に有る薬物が毒なわけが無いと頑なに主張する。父親の事を信じ切っている為か、ニュクス達が諭そうとしてもその言葉に耳を傾けようとしなかった。
どうしたものか。ニュクスとジェレマイアがいよいよ困った、丁度その時だった。室内に銃声が響き、父親を庇っていた少女の体がぐらりと傾いた。突然の事で何が起こったのか分からず、ニュクスとジェレマイアは瞳を見開く。少女も己の身に何があったのか理解出来ないと言った表情を見せたが、その後に言葉を紡ぐ事は無かった。


「わ、私をおぉー無視するんじゃないいぃー!」


傾いた少女の体が床に落ちる。どさり、と。重い音が室内に響き、暫くしてその頭部から大量の血が溢れ、少女の金髪を赤く染め上げた。横倒れになった少女は動かず、ただ頭部から溢れている血がその身を囲う様にじわじわと広がって行く。


「何、だと……?」


倒れた少女の先に立っているのは、彼女が庇っていた例の男。そしてその手に握られている銃は少女の頭部が有った高さにあり、銃口からは煙が漏れ、漂っている。今の銃声の元はこの銃であり、男が少女の頭を撃ち抜いたのだと。ニュクスは漸く理解に至った。
しかし、実の娘に対し、発砲をするとは。少女は必死になって男を庇ったと言うのに、何という事か。長期に渡る薬物の接種により、思考能力が落ちているとしても、この様な事があって良いのか。答えは言うまでも無く、否である。頭部を撃ち抜かれた少女は殆ど即死であった。倒れた少女はもう動かない。床に落ちる直前、何をされたのか分からないと言った表情を見せたが、彼女は今の状況を理解する間も無く、死んでしまった。


「……テメエ、実の娘に向かって何したか分かってんのか?」


ふつ、と。ニュクスの内に怒りが込み上げて来る。少女を手に掛けた男に対するこれは、義憤だろうか。他者に対し其処まで感情移入をする事は無いが、流石に今回は腹が立った。これでは少女が余りにも不憫で、報われない。ジェレマイアもまた、同じ様に感じているらしく、顔を歪め、発砲した男を睨み付けている。


「う、うるさいうるさいいぃー!私のものにぃー手を出す奴はあぁー!誰でも許さないいぃー!」
「……最低」


吐き捨てる様に呟いたのはジェレマイアだった。穢れたものを見る様な眼差し。お人好しな彼の事だから、ニュクス以上に憤りを感じているのだろう。気付けば周囲に『風』が生まれており、完全に臨戦態勢に入っていた。


「これはあぁー!渡さないんだあああああ!わたしの、私のなんだあああああああああああぁ!」
「……そうかよ」


最早男は善悪の判断が出来ない状態だった。薬物に手を出した時は、少しでも罪悪感が有ったかも知れないが。今の男にはその要素は全く無く、私利私欲に塗れた汚い豚の様だった。否、豚と言っては豚に失礼だ。汚物以下と言った方が正しい。


「だからあぁああああああいきて、帰さないぞぉおおおおおおおお!」


男がニュクスに向けて銃を撃つ。しかし、眉間目掛けて発射されたそれは、ニュクスの身に触れる事無く勢いを失い、乾いた音を立てて床に落ち、転がる。それを見た男は驚きながらも何度も発砲をし、ジェレマイアにも狙いを定めたが、全て当たる事は無かった。


「……ばぁーか、俺に銃が効くかよ」


男の銃が玉切れを起こしたのを見、ニュクスは嘲る様に笑いながら己が持つ銃を彼に向け、トリガーを引いた。




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