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「ぶっ……げ、ぇっ!げほっ、はっ……?」


肉の塊と化したそれを顔面に受け、余りの気持ち悪さに勢い良く首を横に振る。何が起こったのか分からなかったが、首が動いた事により、それまで絞めていた生体兵器の腕の力が弱まった事に気付いた。それにより気道も確保出来、不足していた酸素を取り込もうと荒い呼吸を何度も繰り返す。朦朧としていた意識が元に戻り、落ち着いて来た所で、ニュクスは漸く現状を理解した。
頭部を失った生体兵器の首から噴水の様に大量の血が溢れ、ニュクスの体に降り注ぐ。生温かな赤を浴びる事に抵抗を覚え、軽く身を捩ると、生体兵器の体はぐらりと傾き、ニュクスの横へ倒れた。既に倒れているニュクスの直ぐ近くに来たのは、鋭利な刃物でやったのかと思う程に綺麗に切れた傷口だった。強靭な肉体を此処まですっぱり切断するのは、普通の刃では到底叶わぬ事。今この場でそれを可能にするのは、魔術――或いは魔法の力だけだ。そして、此処に居る魔法使いは一人しかいない。
そう、ジェレマイアの風の刃が、生体兵器の頭部を斬り刻み、落としたのだと。


「大丈夫でしたか……って、うわ」


離れた所に居た筈のジェレマイアが依頼人と共に駆け寄って来る。しかし、ニュクスの姿を見た途端、依頼人は口元を両手で押さえ屈み込み、ジェレマイアもジャケットの袖口で口を覆った。生体兵器の血を浴びたニュクスの髪は深紅に染まり、顔にも大量の血液が滴り、今もぽたぽたと落ちている。コートやインナーも濡れてしまったのだろう。首元を擦りながら身を起こし、立ち上がる姿は、事情を知らない者が見れば悍ましい光景だった。


「ニュクスくん、えぐ……」
「お前がやったんだろうが」
「いやそうですけど……って言うかその前にお礼は無いんですか、お礼は。僕が助けなきゃ貴方死んでましたよ?」


ジェレマイアの言う通り、彼の助けが無ければ今頃縊り殺されていただろう。傍らで既に息絶えている生体兵器の骸を見つつ、嘆息する。此処で死んだらまた数日間眠らなければならない。何度も蘇生出来る身とはいえ、そう頻繁に殺されていては生活に支障が出るし、何より己の名声に傷が付く。


「あー……そうだな、助かった。ありがとよ」


後頭部を乱雑に掻きながら素直に礼を言うと、「分かれば良いんです」とジェレマイアは得意げに胸を張った。礼を言わなければ拗ねて面倒臭いが、余り持ち上げても調子に乗って面倒臭い。程ほどの対応をし、ニュクスはジェレマイアから依頼人へ視線を向けた。


「取り敢えず、家からこいつだけ見つかったぞ」


そう言って頭を掻いていない方の手でコートの内ポケットにしまっていた写真を取り出し、男へ渡す。先程の戦闘であれだけ派手に血を被ったと言うのに、幸いな事に血の付着は免れていた。
古びた写真を受け取った男は其処に移る人物達を見て、それまで強張らせていた表情を和らげた。


「……ああ、これ。残ってたんですね」
「他の目ぼしいモノは殆ど焼けちまってたがな、そいつは無事だった」


依頼人の様子から、やはりそれは彼の家族の写真なのだと、ニュクスは確信した。ジェレマイアも横から覗き込む様にして写真を見、なるほどと一人で納得した様に頷く。
依頼人は手にしている写真を愛しそうに眺めながら、二人に詳細を語った。


「何年か前に、家族で中立都市に旅行に行きました。その時に、撮らせて貰ったんです。私達の国ではこう言った映像を残す技術が有りませんから」


依頼人の国には「機械」と呼べるものが殆ど無い。代わりに魔法や魔術が発達し、人々の生活の中に溶け込んでいるが、映像や音源を保管する技術は極一部の、限られた人間しか扱えない。直接禁止されている訳では無いが、敵対している国の技術と言うイメージが強い為、タブーになってしまっているのだろう。
中立都市はその名の通り、常に中立を守る都市だ。その為、様々な文化が混在している。依頼人の様な外部の者でも、「厄介事」を持ち込まなければ誰でも受け入れられるし、外の国では禁忌である事柄にも触れる事が出来る。


「有り難う御座います。魔法使いさん、それと……異端者さん」


見付かった事が余程嬉しかったのだろう。依頼人の眸に薄らと涙が滲んでいた。震える声で謝辞を述べ、頭を下げる様子に、ニュクスとジェレマイアは互いに顔を見合わせ、小さく笑った。


「そろそろ引き上げます?あの兵隊さん達のお仲間がまだ居るとも限りませんし」
「そう、ですね……この写真が有れば十分です。行きましょう」


離れた所に倒れる兵士達を指し、ジェレマイアが言う。日は既に西へ沈み、気付けば周囲は薄暗くなっていた。明かりは持って来たが、余り長居はしない方が良いだろう。
依頼人はジェレマイアの提案に頷き、彼と共に馬車を置いて来た場所へと向かう。ニュクスもまた、髪に染み込んだ血液を絞り、後に続く。


「帰ったらまずシャワーですね。特にニュクスくん」
「嗚呼、新調したコートがもうボロボロかつ血みどろだ。嫌になるな」
「そのコート代だけで凄い事になりそうですよねえ、今月」
「……余り聞きたくない話だ」


絞っても絞っても滴る血に辟易しながら、ニュクスは馬の手綱を手に取った。


Ende..

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