Clap


お前またふられたのか。
深夜のバーで、半泣きで飲み慣れない酒を注文し、煽る彼を見て、呆れた。
恋多き、と言う程では無いが、女相手に夢中になり、必死になって振り向いて貰おうとして、失敗する。そしてその度に傷心を癒したいと言い、己を飲みに誘い、毎回同じ様な泣き言を延々と流す。此方の酒が不味くなる事等お構い無しだ。

どうして懲りずに次の恋に走るのか。良い加減うんざりし、聞いた事が有った。すると、それまでぐだぐだ喋っていた口が静かになり、代わりに信じられないものを見る様に彼は己を見て来た。

何言ってんですか、僕だって男ですよ。人間ですよ。恋の一つや二つするに決まってます。
意味が分からなかった。そもそも、恋は一つ二つとするものなのか。マスターに聞いて見ようとしたが、彼は何も言わずに他の客へ提供する料理を作っていた。視線で訴えかけても、見て見ぬふり。此方へ振るなと無言の圧力で返された。諦めるしか無さそうだ。

そこでふと、言われた言葉を心の中で反芻する。男で、人間。何故だろうか。己の内にその二つが妙に引っ掛かった。
己は男だが、女でもある。両性と言う存在を、己以外に見たことが無い。全く存在しない訳では無いらしいが、己の様に自らの意志で性別を変えられる者は居ないと。そう聞いた事がある。

男と、女。
己はその何れにも恋と言うものをした記憶が無い。過去に言い寄って来た輩は腐る程居る。だが、それに靡いた事は一度も無い。

そして、己は果たして人間なのだろうか。異端者達の集うこの地で、何の違和感も無く溶け込んで居たが、此処に来て疑問が浮かんだ。否、本当はただ受け入れ難い現実から目を背けていただけなのかも知れない。

どうしたんですか、急に黙っちゃって。
その声で我に返る。愚痴を聞き流しながら飲んでいたせいか、どうやら少し酔ってしまった様だ。何でもない、と。相手を馬鹿にする一言と共に返してやると、彼は顔を真っ赤にし、再び感情的に何かを語り始めた。

答えは何れ出るのだろう。
ただ、それは今では無いのだ。きっと、そう遠くない未来に。求める答えがやって来る。そんな気がしてならなかった。

日付が変わり、店内に流れる音楽も変わった所で。マスターに新たな酒を注文し、空になりかけていたグラスを煽った。



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