初めて会ったのは一年前の入学式。無駄に大きな校舎で迷子になった新入生のあたしを教室まで送ってくれた島崎先生。それから何かと親身になってくれて好きになるまで時間はかからなかった。
「わかりません」
「前にも教えただろ」
数字をなぞる指に釘付けになりながら解説を右から左へ受け流した。放課後の教室で二人きりの補習授業を始めたのは一週間前。そんなに頭は悪くないけど島崎先生と一緒にいたくてわからないふりをする。
「聞いてる?」
「ん、はい」
「じゃあこれ解いてみ」
「えっと…」
数式を目で追いながら先生の左手薬指にある指輪をちらりと盗み見る。先生は既婚者で子供もいるのだ。あたしが一年後に卒業したとしても愛し合える可能性は無い。プリントにシャーペンを走らせながら手を伸ばせば届く距離にいる小さな幸せを噛みしめる。それと同時に手を伸ばしたとしても掴んでくれない悲しさを紛らわす。今日で補習授業も終わり。
「わかったか?」
「はい、ばっちり」
「それはよかった」
「ありがとうございました」
さぁ、部活行くかと立ち上がり扉に向かう島崎先生を引き止める。追いかけて曖昧な距離間のまま顔を上げると愛しい愛しい先生がいた。あたしがいくら頑張っても壁を壊せやしない。いくら泣いてみたとしても先生は手に入らない。
「あ、の」
「…?」
「さようなら」
そう言って教室を出ると慌てて追いかけてきた島崎先生。一瞬、あたしの心に色がついた。今にも消えそうな色だけど、いつもと違ってドキドキしている。
「お前、大丈夫か」
「な、にがですか」
「今にも死にそうな顔してんぞ」
そうです。あたしは島崎先生が居なかったら死にそうなほど苦しいんです。それを知ってか知らずかしっかり繋ぐ手。
「…島崎先生、好きでしたよ」
あぁ、元には戻れなくなった。