この春の顛末


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君との距離の縮め方






(天城視点)


朝から熱があるのは何となく分かってたけど。ヤバい、思ったより高いのかも…。

やっと放課後になって、カバンを片手に歩くと床がぐにゃぐにゃしている感覚があって。


ーーーうわっ、コケる…!


グラッと身体が傾いた途端、誰がが俺の腕を掴んだ。


「大丈夫か」


すぐに声だけで、香取だって分かった。今日ずっと心配してくれてたもんな、授業終わってすぐ来てくれたんだ。


「ありがと…思ったよりキツいかも、非常にまずい」
「お前めちゃくちゃ熱いぞ。何度あるんだこれ」
「いや、測ったら負けだべ?こういうの」
「小学生か」


香取が荷物を持ってくれて、何とか支えてもらって立ち上がる。


「ほら、保健室行くぞ」


こういう時、心の友の存在は頼もしい。



ーーー



保健室のベッドに転がって熱を測ると、なんと38.5も熱があった。

「今日、迎えに来てくれる人いるか?」
「いるいる、それは大丈夫」

ほんとは嘘。ジジババは旅行中だし、家に帰っても誰もいない。

だから帰りたくなくて、ズルズルと放課後まで学校に居座っちゃったわけで。

「香取たしか塾あるべ?こっちはヘーキ!ありがとな」
「…なんか無理してないか?」

香取がめちゃくちゃ心配してくれてるのが分かる。

そんな表情に申し訳ないな、と思いつつ、
ちょっとだけ優しさが嬉しくて。

「…うん!」


そう返事すると、香取は飲み物とお菓子を買ってきてくれて。


「なんかあれば連絡しろよ」


最後まで心配そうな表情を浮かべたまま、帰って行った。



ーーー



(田中視点)


天城が教室の前で倒れた大騒ぎを、気が気じゃない顔で見つめてた高良を保健室まで連れてくる。

「そんな顔すんなら、普通に声かけりゃ良いだろうが」
「香取がすぐ声掛けてたから」
「あ?なに、先着順なんか?」

こいつなりに気使ったのかもしんねーけど、
こんなんだから本命童貞こじらせてんだろ。

そう思いながら保健室に入ると、カーテンの隙間から天城が寝ているのが見える。

「おーい。天城くん」
「んん…」

うっわ、顔色やば。めちゃくちゃ熱あるんじゃね。

「その声は…田中氏…?なんでいるん」

ダルくて見渡す気力もないのか、
高良がいることにも気づいてないらしい。

「大丈夫かよ」
「うん」
「いや、バレバレの嘘つくなや。どう見てもヤベーだろ」

いつもの軽口で、俺がそう言った途端。

「…は?」

天城がいきなり、ボタボタと泣き始めた。

いやいや、熱が出ると涙腺がバカになるタイプかよ。
優也かお前。

「今日帰っても、誰もいなくて」
「…マジか」
「本当は、頼りたかった」

天城が、カーディガンの袖で涙をぬぐう。

「香取も…高良も頼りたかったけど。距離が分からなくて」
「距離?」
「心の距離…」

声がどんどん小さくなってくから、耳を近づける。

「どうしたら縮まるのかな…あと一歩、くらい…」

よっぽど具合が悪いのか、天城はそのまま目を閉じて寝た。

振り返ったら、高良がバカみたいにショックを受けましたって顔してて。

「ダッセーお前。頼りにならないってよ(笑)」
「うるせーよ」
「で、どうすんの?」
「いいから、お前もう帰れ」

高良が俺の背中を押し出そうとするから、「へいへい」と適当に返事をして保健室を後にする。


「…ほんっと、二人揃って不器用すぎんだろ」


笑い混じりのため息をついて、保健室を後にする。


ーーー



「天城。…起きて」

呼ばれた気がして、パッと目を開ける。

すると身体が浮いてきて…
というより、誰かにおんぶをされていてビックリした。


「え、え…背負われてる? なんで、え、高良!?」
「ちょ…暴れないで」

慌てて降りようとすると、高良の体が傾いて。


「うわ!」


地面にそのまま落ちそうになったところを、高良が無理やり下敷きになってくれて助かった。

「ご、ごごご…ごめん!高良」
「いや大丈夫。それより怪我ない?」
「お、俺も平気!元気!」

咄嗟にそう答えたら、地面に座り込んだままの高良がジッと俺を見つめてきて。

「…元気じゃないでしょ」

静かにそう言った。

「ご…ごめん…」
「謝ってほしい訳じゃなくて。いいから、入ろ」

そう促されて初めて、高良の家だって気がついた。

よく見たら足元には俺達のカバンが二つ
転がっているのが見えた。

「…ここまで、連れてきてくれたん」

二人分のカバン持ちながらここまで背負ってくるの、
絶対に大変だったのに。

「おいで」

高良は頭を撫でて、そのまま手を引いて家に入れてくれた。

玄関には二つの靴。女性物の靴とスニーカーが並んでて。

…家族がいる時に来たの、初めてかも。
そう思った途端、足がふらついて玄関に座り込む。

「瞬くん、おかえりー。…って、友達?」

不意に、リビングから高良の弟が
珍しそうに声をかけてきた。

「うわ、めちゃくちゃ体調わるそう」
「氷枕つくってくんね」
「いいよー!」

高良の弟、初対面だったのに挨拶もできなかった。
ちょっとショック。


「…俺ほんとに、来てよかった?」


高良に支えられながら階段を登ってるとき、つい弱音みたいな言葉が出た。


俺なんかが、高良の家族に会っていいのって。
何となくそんなことが、頭をよぎったから。


「当たり前。というかこの状態で、一人の家に帰られるほうが困る」


高良の部屋に入ると、高良のベッドに転がされる。

部屋を見渡すと、前に泊まりに来た時よりもちょっとだけ散らかっていて。


ーーー高良でも、こんな部屋散らかすことあるんだ。

「…今日、初めて天城おんぶした」
「ご、ごめん。重かった?」
「全然軽かった。…天城は、俺との距離が分からないって言ってたけど」

…え!?なんだっけそれ。
もしかして田中氏との話、聞かれてた?

そう思った途端、ギュッと胸が痛んで。
いつまでも心の壁を壊せない自分が、情けなくなる。

「それから。

恋人をおんぶしたのも、家族に会わせたのも、
散らかった部屋に人を入れたのも、
看病するのも、

…今日が初めて」





「え…え!そうなん」
「いや、そんな頻繁にあることじゃなくね」

いや、そうなんだけど…。高良ってなんでも経験してるって思ってたから、なぜかちょっとビックリした。

「それに天城じゃないと、ここまでしたいって思わないから」

高良がベッドに腰を降ろして、頭を撫でてくれる。

頭を何度もペットみたいに撫でられると、なんだか甘やかされてるみたいな気分になってくる。

「…もしかして、甘やかされてる?俺」
「うん。甘やかしてる」

その声があまりに優しくて、なんだか急に泣きそうになった。

「き、今日…どしたん高良」
「別に」

ポタって落ちた涙を、高良がすくうように拭ってくれた。


「こういう特別なことを積み重ねていけば、心の距離って縮まると思うから」


そう言われてると、なんだか嬉しくて。
やけに照れちゃって、思わず頬が緩んでしまった。

ふふって笑ったら、頬っぺたにチューされる。

「何考えてんの」
「えー?」


眠気がウトウトと襲ってくるなか、
笑いながら答えた。


「だっていま、誰よりも高良のそばにいる気がするから」


END








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