この春の顛末


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忘れられなくて(柿ゆう)




(優也視点)

関東地方に台風が来ているとは聞いていたけど、こんなにすごかったとは…。

新幹線から外を覗き込んで、風と雨のあまりの勢いに思わずため息をついた。

新幹線が動いてくれたのはラッキーだけど、これじゃ家に着くまでが大変じゃんか。…なんて思っていた次の瞬間。

「…あ?もしかして止まった?」
「なに、怖い怖い」

新幹線が停車駅でもないところで急に止まって、周りの人達のザワつく声が聞こえた。
直後に聞こえてきたのは、駅員によるアナウンス。

『×××線、東京行きの新幹線は、台風による暴風のため運行を休止〜』

そのアナウンスを聞いて、途端に周りの乗車客がソワソワと動き始めた。

ーーーど、どうしよう! 千葉はまだまだ遠いのに。

地方なんて慣れてないし、こんなところで下ろされてもどうしたら良いか分からない。

周りに流されるままホームに降りて、途方くれる。
傘もなければ泊まるあてもないし。

皆が改札方面に向かっていくのを、ただ唖然と眺めて。

「……優也?」

そのとき、こんな場所で聞くなんて信じられない、懐かしい声がした。


ーーー


「一室しか空いてないって。ダブルベッドになるけど、どうする?」

柿本さんの声を聞いて、思わずポカンと口を開けた。

だって一年前まで付き合っていた人と、今さら同じ部屋に泊まるなんて想像もしてなかったし。

「え、えっと…他のホテルは…」
「空いてないと思うって受付の人が。もう何処もいっぱいらしい」

柿本さんは駅で傘を買って、近くのビジネスホテルまで俺を連れてきてくれた。

すごく助かったけど、手が震えそうなくらい緊張してる。

「…優也は、俺と一緒は無理?」
「え?いやそうじゃないけど」
「嫌だったら俺、野宿でもいいよ」

柿本さんはそう言うと、パーカーのフードを被って、本当にホテルから出ていこうとする。

ーーいやいやいや、こんな暴風雨のなかに追い出せるんわけないじゃん!

「ちょ…柿本さん、待ってよ!」

腰を思いきりの力で捕まえて。

すると柿本さんは「わかった」と振り向いて、頭をポンポンと撫でてくれた。



ーーー



(柿本視点)


何となく終わりが近いのを頭では分かってたのに、別れを切り出されたときには頭が真っ白になった。

「…柿本さんとなに話したらいいのか、分かんなくなってきた」

優也が大学生になってから、関係性は徐々に崩れていった。
お互いの知らないことが増えて、勝手に不安になっていって。

大学の友達の話をされても、嫉妬することしかできなくて。

「柿本さん全然、電話でてくれない。俺ばっかり…」

不安になって泣いてた優也に、ひどいことを言った。



「優也の話、興味ないもん俺」



あれが多分、決定打。それから話をしていても、優也が楽しそうに話してくれることは無くなっていった。

ひどく傷つけたんだと思う。一度壊したものは、二度と元には戻らないって自分が一番よく分かってるくせに。

目の前で壊されていった人を、子供のときから散々見てきたのに。



ーーーあんな風に傷つけるために、傍にいた訳じゃなかったのに。






ーーー



(優也視点)



「優也も風呂、入れば」

ビジネスホテルの小さな浴室から、柿本さんが出てきた。

「なに広げてんの。荷物?」
「え?ああ、今日行ってたライブのグッズ…」

そこまで言って、思わず黙りこんだ。よく考えたら、柿本さんに教えてもらったアーティストのグッズだったから。

台風が来るって分かっていてもライブに行ったのは、柿本さんとの思い出に浸りたくなったから。

ーーーあの失恋ソングを聴きたかったから。

「優也、あのアーティストの失恋ソング好きだったよね」
「え、覚えてるの?」
「そりゃもう。まだ付き合ってたのに、別れた妄想しながら泣かれて…」
「あー!もうダメダメ!そこまで言わなくていいってば!」

慌てて口をパッと塞ぐと、柿本さんと目が合う。

「…ご、ごめん」

真剣な瞳に、心臓が飛び出そうなくらいビックリした。ゆっくりと柿本さんの口から手を離したら、その手首をギュッと掴まれる。

「優也」
「…な、なに…」

視線が逸らせない。



「あの曲を聴いて、今は誰を思い出すの」




ーーー



(柿本視点)


優也に別れてから、馬鹿みたいに生活が荒んだ。

クラブで出会った子を持ち帰って、大学にもまともに行かなくなって。
ただ記憶と痛みが、時間に流されていくのを待ってた。

「お前、このままじゃ死ぬんじゃね」

田中がそう言ったとき、ふと我に返って。

山積みになった灰皿の煙草と、散らかった床。
こんな状態の部屋を見たのは、子供のときにあの男と住んでいたとき以来だった。

「…俺、あいつみたいだな」
「誰にも迷惑はかけてないだろ」

田中がそう言って笑った声が、妙に耳に心地よかった。
こんな風になっても否定しないでくれる存在がいることに、救われる。

「理解できね〜。優也に連絡すりゃ良いんじゃね」
「無理だろ。振られたんだから」
「別に忘れることだけじゃねえだろ。時間が解決してくれることって」

タバコを吸おうとしたら、田中に没収された。睨みつけたら「おお、怖え〜」なんて笑いながら今日も帰っていく。

それと同時に、部屋の静寂に耐えられなくなった。

心臓がバクバクと音を立てる。

最近よく、嫌な夢を見る。

優也が最後に泊まりに来たあの晩。



泣きながら背中を向けるその体を、なんで抱きしめなかったんだろう。


ーーー



(優也視点)



「あの曲を聴いて、今は誰を思い出すの」

そう尋ねた柿本さんの目には熱なんてなくて、ただ冷たかった。声も息も苦しそうに聞こえて。

なんで今更そんな顔するの。
俺のことがウザかったんじゃないの。

「…俺じゃなくて良かったでしょ、柿本さんは」
「は?」
「だって話も全然あわなかった。いつも、つまらなそうな顔してて」

涙がボロボロと零れていく。
耐えていたのに、やっと心が痛みを忘れてた頃なのに。

なんで勝手に、目の前に現れたりするの。

「俺がどんな気持ちで、柿本さんに話しかけてたと思ってるの?何言っても笑ってくれなくて…」

一緒に居れば居るほど、心がどんどん苦しくなって、次第に柿本さんに会うのが怖くなって。

めちゃくちゃ傷ついたよ。

俺は付き合ったばかりの頃に、戻りたかっただけなのに。

「あの時は、あんな酷い態度とってる柿本さんが本当に許せなくて。それなのに」
「優也」
「なんで嫌なことばっかり忘れちゃって…好きだったところばっかり…」

胸が痛い。別れた後になって、柿本さんの笑顔がどうしても頭から離れてくれなかった。

「優也」
「…やだ」
「許して」
「やだ!」

柿本さんも泣いてる。その顔を見て、柿本さんも傷付いてたんだって知ってしまったら何も言えなくなって。

息がうまく吸えなくなった。

「…優也?」
「っ、…息が、なんか…苦しい…」
「過呼吸かも。ゆっくり吸って、ほら」

背中をゆっくり擦(さす)られて。柿本さんに手を引っ張られて、柿本さんの胸に手を当てる。

「呼吸、合わせて」

柿本さんの心臓も、驚くくらい早く震えていて。

それでも柿本さんの呼吸に合わせて、ゆっくりと息をする。

疲れていたせいか、酸素が足りなくなったからか。
ゆっくりと瞼が重たくなってきて。

「…けんちゃん」
「なに」
「朝になっても、傍に居てくれる?」

縋るみたいに胸に頭を押しつけたら、ポンポンと背中を撫でられた。



「居るよ」



その言葉に安心して、いつの間にか眠ってた。




ーーー



(優也視点)



「そういえば柿本さんは、なんで新幹線に乗ってたん」

新幹線のホームで自然と繋がれた手。その意味は、今は考えないことにした。

そのことに、柿本さんも何も言わなかった。

「え?俺も同じライブに行ってたから」
「…は」
「田中にチケット貰って。優也、あいつにドタキャンされなかった?」

たしかにこのチケットは兄貴にもらったのに、当日になっていきなり「行くのやめた」って言われたけど…。

じゃあ新幹線が同じだったのも兄貴の仕業か。やられた…!

「なんだ、運命かと思ったのに…!」
「相変わらずそういうの好きな子だな」
「どうせ俺は、失恋ソングに元彼重ねる痛い子だし」

拗ねたように唇を尖らせると、柿本さんが笑った。

「拗ねるなって」

あ、その顔。久々に見た。
やっぱり格好いいじゃんけ、こっちの顔の方がずっと好き。

「まあ、あの人混みのなかで再会できたんだからドラマチックじゃね」
「…そういうことにする」

新幹線が来て、隣に座る。二人して、けんちゃん家の最寄り駅までの切符を買った。

「俺の部屋、汚いけど許して」
「え?柿本さん家、いつも綺麗だったじゃん」
「別れてから廃れてたんだって。察して」

サラッと言われて、思わず口をつぐむ。

柿本さんは不器用だ。そんなに荒れるくらい引きずってたなら、連絡くれたら良かったのに。

「…一緒に片付けよ」
「うん」

新幹線が着くまで。思い出話に花を咲かせて、
時間は驚くくらいあっという間に過ぎ去っていった。



END






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