この春の顛末


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花火大会






毎年、友達と数人で来ていた花火大会。今年は自慢の彼氏と一緒。

さらに今日は初めて、柿本さんとお泊まりする日。もしかしてだけど、もしかするかもしれないって期待で心臓がバクバク。

ニヤニヤしながら兄貴のお下がりの浴衣を着て、ヘアアイロンで髪型をちょっとだけ変えてきた。ワクワクしながら待ってると、駅前に1人だけいる高身長のイケメンを見つける。

「柿本さん、こっち!」
「あ、可愛いのいた。髪型いいじゃん、浴衣も」
「会ってすぐ褒めてくれるの好き。柿本さんも格好よすぎて超好き…」
「雄弁なギャルの褒め方じゃん。笑 ゆうやが浴衣で来いって言うから、ドンキで買ってきた」

浴衣の柿本さんマジで最強。俺の彼氏ほんとに格好いい。自慢しながら歩きたい。

当たりを見渡すと、駅前から露天が並んでいる。お好み焼き、焼き鳥、唐揚げ…なんか食べたいものあるかな。

「今日はバイト代でたから奢ってあげる」
「え、ほんと!じゃたこ焼き半分こしたい」
「おっけ」

列に並ぶと、小麦粉が焼ける良い匂いがする。

当たりは日が暮れてきて、気温もだいぶ落ち着いてきた。夜に浮びあがる屋台の光にワクワクして、足取りが軽くなる。

二人で喋りながら辺りを歩いて、一緒に射的したり太鼓みたり。ただのお祭りなのに、柿本さんと一緒っていうだけで超楽しい。

「…けんちゃん?」

そんなとき、誰かに呼び止められた。振り返ると、見知らぬ綺麗な女の子。

…あ、たぶん元カノだ。直感的に普通の空気ではないことだけを理解する。

「ん、久しぶり」

柿本さんはチラッと俺のことを見る。気を使ってくれてるのが分かる。

「心配してた。あれからお母さん、大丈夫だった?」
「あー…大丈夫、ありがと」
「そっか。なんか二人で来た日が懐かしいね、会えてよかった。バイバイ」

ニコって笑った表情から、いい子そうだってわかる。その小さくて華奢な背中が遠ざかっていくのを、黙って見送る。

俺の知らない過去、ここであの子の隣に柿本さんがいたことを思ったりした。

地元のお祭りって、思い出すことが沢山ある。兄貴と一緒にきてはぐれて泣いたこと、友達とはしゃいで服をベトベトにして怒られたこと。

柿本さんにも同じように、このお祭りに沢山の思い出があるのかな。

「ごめん、怒ってる?」

顔を覗き込まれる。柿本さんのお父さんが暴力をふるっていたこと、一時期だけ施設にいたこと、お母さんが病気だったこと。

知ってはいるけど、そこに居たわけじゃない俺はどんなに頑張っても当時、周りにいた人たちに勝てない気がする。

「…俺が知らない柿本さんがいるのが、嫌だっただけ」

こんなこと言ったって、困らせるだけなんだろうけど。でも俺が知らない柿本さんを、誰かが知ってんのはズルい。

拗ねて俯いたままでいると、柿本さんが手を取って歩き出してくれた。出店のある通りから外れて、柿本さんの家がある方へと歩き出す。

少しずつ人がいなくなっていって、喧騒がやむ。今はこの静けさがちょっと安心する。

「…小さい頃からさ、なにかが埋まらないんだよね」

柿本さんが、ポツリと話し始める。

「怒鳴られて否定され続ける毎日のなかで、人生を諦めた瞬間があった気がする。それからは、いつもどっかで心在らずだった」

柿本さんはこんなに優しいのに、みんな一歩引いたところから見てる気がしてた。

それって、みんなが距離を感じるくらい柿本さんが孤独を背負ってたってことなのかな。

「そんなときに田中家に行って、ゆうやと会って、この心の穴を埋めるために必要なものがわかった気がする」

そう言われたとき、ヒュゥウウウ、と花火が上がる音が遠くで聞こえた。そのあと瞬時に咲く花火の音。

手を引く柿本さんの背中が、花火で綺麗な光に染まる。

「こんなところで言うことじゃないけど。ゆうやの全部が知りたいし、ゆうやが全部ほしい」

ドキッとした。心臓がバクバクで、花火の音もうるさくて気が動転する。

柿本さんの家に着いちゃう。

「それってどういう意味…?」

言葉でほしい。だからつい、バカみたいに尋ねてしまう。そんな俺を愛おしそうに見つめながら、柿本さんが頭を撫でてくれた。

「今日、セックスしよ」

あまりにどストレートな言葉に、思わず固まった。

「知らないとこ見せあって、一緒に埋めてよ」

マンションに入ると、花火の音はだんだん遠くなる。みんなお祭りに行っているからか、暗いエントランスはただ静か。

エレベーターが開くと、入った瞬間に深いキスをした。


END




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