初めて来た街だった。何の考えもなしに歩いていたら人だかりが見えて、大和は歩みを止めて近寄ってみる。

「……!?」

 衝撃な光景を目の当たりにした大和は、腹の底がカッと熱くなるのを感じた。
 決められた範囲に、10歳にも満たない幼児から30代前半までの男女が、疎らに立っていたり座っていたりしている。
 そのほとんどが全裸に近い状態で、男はもちろん、女も下半身にのみ申し訳程度に布を巻いていた。6歳ほどの男児に至っては、何も纏っていない。そして皆、黒文字が綴られた白く薄い、掌程度の大きさの板を首から下げていた。
 少し手前に目線を移すと、台の上に厳つい顔の男が台の上に座っている。ちゃんとした服装を身につけているあたり、そいつが奴隷商人であろう。手元には茶色い器があり、銭が入っているのが見えた。大和は気分が悪くなりながらも、奴隷市場へ近づいた。

 見定めているわけではないが、必然と目で追ってしまう。格段に目を引いたのが、金の髪をした少年だった。黒髪の奴隷たちから浮いている。
 照りつける陽に晒された肌は、とても綺麗とは言えず、黒い煤や土、痛々しい鞭の痕が目立つ。周りの奴隷より、幾分か酷い身なりだった。大和が哀れみの含む視線を向けていると、商人のオヤジが立ち上がり、金の奴隷を蹴り飛ばした。

「なっ、なんで……突然」

 金糸の髪を揺らし倒れた身体。綺麗な髪の毛を、商人の汚れた手が掴む。奴隷の顔が歪むのもお構いなしに、力尽くで引っ張り起こした。
 何が面白いというのは、見物客は手を叩き笑い声を上げる。

 ここは思い切って商人に交渉してみようか。黒髪の奴隷が売れていく中、黄色い奴隷だけは売れ残る。やはり汚さのせいだろうか。
 懐の銭入れを出して中身を確かめる。貯金はしているものの、今月はこれ以上の出費は痛い。だが、あの奴隷も助けたい。
 悩んでいると、再び商人が黄色い奴隷に手を出した。足首を紐を括ったかと思えば、そのまま吊るしあげた。
(くっそ……、あのクソジジイ……。いくらなんでも扱いがひどすぎるだろ)
 もう我慢はできなかった。大股で商人に近づき、大和は黄色い奴隷を指さした。

「その子、買います」
「ハァ? こいつ、でございますか……?」
「そうですけど」
「こんな汚らしいのよりも、もっと良い奴隷がいますよ。ほらこの奴隷なんて艶やかな髪を持っているし華奢に見えるが意外と力が――」
「いえ、この子でお願いします」

 はっきり物申すと、商人は顔面をぐしゃっと顰める。黄色い奴隷を吊るしていた紐を切ろうとするものだから、急いで奴隷を抱えて落ちないようにした。

「アンタも物好きですねェ。こんな珍奇な奴隷なんぞにカネを出すなんて」
「俺の勝手でしょう。はい、これ」

 銭入れを商人の掌にひっくり返して、ありったけの金を渡した。足りないなんてことはないはずだ。ひょっとこの様な顔をした商人を放って、奴隷の手を引く。
(あのオヤジ、殴りかかってこなくて良かったぁぁ……)
 緊張が溜め息となって吐出される。体温が感じられる手を握りながら、人混みから離れた小道に入った。後ろの奴隷はずっと無言だ。手を振り払うこともしないで、素直に着いてきている。
 連なる屋根に太陽が遮断されて薄暗くなった道の突き当り、右の建物に入る。大和の家だ。

「あの、君、大丈夫? 身体とか痛いんじゃない? 消毒する液と布はあるけど」
「…………」

 返事がなくて、逃げたかと振り返るがすぐそこに居た。むっとした顔で大和を睨んでいる。

「んー、とりあえず名前教えて?」
「……――涼太」
「リョウタ! 爽やかな名前だな。俺は大和ね」

 やはり涼太は、あの奴隷市場にはそぐわない存在なのだ。なけなしの金をはたいてでも涼太を自分の元へ連れてくる事ができてよかった。出会って数時間も経たない人の事をこんなに考えたのは初めてだった。
 緩みきった顔で見つめると、涼太は目を逸らして俯いた。

「あの……大和様は、オレのこと打ったりしないんスか」

 控えめな声音と合わせようとしない眸に、これは過去の主人に乱暴されていたなと気づく。
 棚から救急箱を取り、椅子に座るよう促す。

「俺はそんな外道なことしないよ」
「でもっ、奴隷って主人の好きなように扱うのが当たり前なんスよね」
「きみが初めてだから、よくわからないんだよね。だから俺は、涼太を好きにする。殴ったり蹴ったりなんてしないし、涼太も、俺の家族みたいにして接してくれると嬉しいな」
「し、信じらんない……」

 瞠目した涼太の双眸から、涙がにじみ出てくる。落ちた一滴を隠すように、涼太は袖で拭った。
 あまりにごしごしと擦るものだから、少し不安になる。

「擦りすぎたら赤くなるよ」
「今更っ……傷ついたって……ッ、慣れてるからなんともないっス」

 ズズッと鼻を啜り、また涙を流す。目の前の綺麗な姿を見ながらも、大和は涼太の言葉に憤った。

「慣れてるからって傷つくことを受け入れるな」

 大和は引き込まれるように涼太の唇に吸い付いた。肩に触れると、身体が強張っている事に気づく。真っ当な愛をぶつけられたことはないのだろうか。
(愛を与える振りをして傷付けられてたんだろうな……)
 だから大和の行動一つひとつに疑ってかかっては怯えている。見ているだけで辛かった。
 少しでも大和自身を信じて欲しくて、身を預けて欲しくて、自分より一回り小さな身体を抱き締める。

「おまえの前の主人みたいなことは絶対にしない。何のためにあの市場から涼太を買い取ったと思ってる。綺麗なおまえが、商人にボロボロにされるのを見てて、涼太がいるべき場所はそこじゃない、涼太を守って、愛してやりたいって思ったからだ」

 どんな科白を並べても、涼太には上辺だけに聞こえるだろう。奴隷として生きてきたから、人間不信になっていてもおかしくはない。

「これからはゆっくり時間をかけて、涼太を愛していくから。涼太もゆっくり、ゆっくりでいいから俺を信じて」
「……アンタが変なご主人様っていう事はわかったっスよ」

 ようやく涼太の顔に笑みが見えた。
 擦れて赤くなっている目尻にも口付けて、大和と涼太は主人と奴隷の関係を超えた。


2013/10/22 奴隷市場で黄瀬(奴隷)を助けて買う男主(貧乏)
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