秀徳高校バスケ部主将である大坪は、最近の宮地に異変を感じていた。見える場所なら全て、顔に首筋、腕やふくらはぎに痣があるのだ。
 今目の前で練習着から制服に着替えているその背中にも、痣が見えた。青かったり赤かったり、あるいは痣ではなく傷であったり。

「なあ宮地、その痣はどうしたんだ」

 知らないフリをして聞いてみる大坪だが、実は思い当たる人物がいた。

「ああ……これは、大和だけど」

 予感はすぐに当たった。愛おしげにその痣を撫でる宮地は、暴力を振るった犯人を隠そうなどとは思わないのだろうか。

「例の恋人か。よければその方について詳しく教えてくれないか」
「おうよ。名前はさっき言った通り、大和。23歳の社会人でデカい会社に勤めてるんだぜ。俺の親がいない時は家に泊めてくれたり世話してくれたり……」

 普段の宮地からは想像できないマシンガントークだ。息をつく間もなく次々に惚気話が出てくる。
 だが賑やかだった空気が、宮地の表情と共に沈んだ。

「……でも、最近はストレスが溜まってんのか、俺が少しでも鈍くさいことをすると、キレて手が出たりするんだよな。それがこの傷や痣なんだけど。これも大和の愛してくれてる証だと思うと、殴られるたびに気持ちよくなっちゃってさ」

 まただ。また愛しそうに宮地は殴打痕をなぞる。
 恍惚にも似たその顔に、大坪はなにも言い返せなくなった。宮地は好んで暴力を受け入れているのだ。報道番組で見かけるDV被害者の多数は宮地と同じ感情を持っていなかったか。それならば、ここで大和から宮地を引き剥がすのが吉ではないだろうか。
 ――しかし、それで失敗してしまった場合の処置にも悩む。
 現在の宮地の拠り所が、彼なのだ。無理矢理に引き離して、部や学校生活に支障を来してしまう事を考えると、暴力を望んでいる今のまま放置するのがいいのかも知れない。
 しかしその綺麗なほほ笑みを、暴力ではなくて本当の幸せで笑わせてやりたいとも思う。友人の恋人を貶すつもりはないが、会社のストレスを恋人に暴力で発散するのは、あまりにも非道なのではないか。

「……その、だな。無関係の俺が言うのはなんだが、そんな奴とは別れた方がいいんじゃないか」

 言うまいとずっと我慢していたフレーズを、大坪は言ってしまった。
 暴力癖のついた恋人を持つと、過剰な同情心を抱いたり過度に依存すると聞いたことがある。
 ふっと宮地から表情が抜ける。
 内心、大坪がハラハラしていると、さっきまでの柔らかい雰囲気とは一変、宮地は刺々しい顔つきで迫った。

「あぁ? おまえに大和の何がわかるんだよ。あいつは俺の事が好きで、俺もあいつの事が好きなんだよ。両想いで愛し合ってんの。なのになんで別れなきゃなんねぇんだよ。それに、おまえが聞きたいって言ったから話したんだろうが。悪口言われるくらいならもう喋らねぇ」

 早口で捲し立てる宮地に、大坪は言い返せないでいた。すると、未だ睨む宮地の後ろ、大坪から見て正面の出入口に位置するドアが開いた。

「大和! 今日は早かったんだな!」

 親の迎えを待っていた幼児のような反応で、現れた大和に抱きつく。頭を撫でようとする大和の手に、びくっと身体を跳ねさせた。そんな宮地を見て、大和は眉を寄せる。

「ごめん……! 俺より背高い人に撫でられるのにまだ慣れなくて」

 大和が現れてから空気扱いの大坪を最後まで無視し、宮地は腰に回った大和の手に自分の手を恥ずかしげに添えながら帰っていった。

 ***

 高校生には価値がわからない。何度目かの高級そうな車での送迎を終えて、大和の家に着いた。
 久し振りの大和の家。リビングに入ると、大和は速攻で料理を作り始めた。その背中に抱きつく。

「なあ大和! 今日は誰とも喋ってねぇよな!?」

 投げかけた質問に返ってきたのは、平手だった。瞬間的な痛みだったのが、じわじわと頬全体に広がっていく。熱くて痛い。

「俺は今なにしてる? おまえのためでもある飯を作ってやってんだろうが。後にしろ」
「あ、ああ……!」

 蔑ろにされても気にしない。笑顔で「わりぃ」と謝り、とことことリビングを出て行く。
 向かった先は大和の自室だ。部屋を見回し目的のものを見つける。――鞄だ。ファスナー式の鞄を開けて、携帯を手に取る。
 バラエティ番組で痛いほど見てきたから知っている。この行為は恋人に嫌われる一つの原因だ。しかし本人の口から訊けないのだから仕方ないんだ、と自分に言い聞かせる。
 折りたたみ式の携帯を開き、着信履歴とメールを確かめると、知らない名前も変なメールもなくて心の底から安心した。

「何やってんだ」

 背後から聞こえた地を這うような低音に身体が竦まる。大股に近づく彼は怒っているだろうか。

「い、って……」

 掴まれた腕を脱臼しそうな勢いで引っ張られ、ベッドに放られた。上がった大和の腕に、殴られる――と咄嗟に身構えると、首に両手が掛かった。力任せに気管を圧迫される。全力で絞めているように見えて、全体重をかけておらず、本気を出していない指先に愛を感じて頬が緩む。
 思わずにやついた顔に、大和が「なに笑ってんだよ」と首にぐっと力を入れた。

「ご、ごめっ……、ほん、とに……ごめ……っなさ――ッ」

 さすがに苦しくなってきた。意識が薄れていく。酸素がほしい。ふっと宮地が気絶しそうになった途端、首を絞める手が離れた。気管に空気が入ってきて咳き込む。

「こい。飯が冷める」
「悪い。……愛してる、から」

 その言葉を紡いだ宮地に、大和が口付ける。

「……ん」

 暴力の後には、大和は必ずキスをする。そのキスが優しくてあたたかくて、好きだ。素直じゃない大和は、何か理由がないと恋人らしい行為ができない。
 暴力で捩じ伏せた宮地の口から聞き出す愛の言葉に、返事として口付ける。そこが可愛い。だから暴力も、大和の愛情表現として受け入れられる。

 ――ほら。
 仰向けの宮地の背中と布団の間に腕が差し込み起こすと、大和は宮地を抱き締めた。さっきのように、ぎゅうっと。今度は宮地自体が首になる。
 大和の悩ましげな声が、甘い吐息とともに宮地の耳に触れ、身体の奥底でカッと熱い何かが灯った。


2013/09/29 男主への依存度が高い/ストックホルム症候群宮地/ヤンツンデレ
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