雨の日は気分が下がる。
 窓に当たる雨粒。ジメジメとした空気。廊下を歩く靴音。そのどれもが花宮を苛立たせた。加えて傘を持ってきていない。
 帰宅できずに、玄関で立ち尽くす。靴棚に寄りかかり目を閉じて、喧騒をシャットダウンした。


 

 今日の昼休みのこと。花宮は教師に頼まれ、資料の束を持って準備室へ向かっていた。資料で足元が見えないなか、恐る恐る階段を下りる。

「わっ」

 注意していたというのに案の定踏み外してしまい、階下までずり落ちた。もちろん資料たちはバラバラに散らばり、花宮は嘆息をもらした。
 拾わねばと立ち上がると、彼が現れた。頭の隅で、花宮が恋心を抱いている人物――嵯峨大和。花宮と同じバスケ部に所属している1年生で後輩。

「大丈夫ですか? 俺拾います」
「……あぁ、ありがとう」

 大和の前では、他の人よりも自分の性格を隠すのに気をつけている。少しでも気を抜いて素を見せてしまったら、自分から離れていってしまうのではないか。と、らしからぬ考えを頭を占めていた。
 代わりに集めてくれた大和が、まとめた資料を花宮の腕へ託す。離れていくと同時に花宮の腕から半分ほど――それも数冊しか残らなくなるほどの量を持ちだした。

「えっ、おい大和。持たなくてもいいって!!」
「ダメですよ、持ちます。現に先輩、重すぎてよろけたんでしょ?」
「ち、ちげーよっ! 足元が見えなかっただけだ……」

 足早に準備室へ歩く大和を追いかけるが、資料集を花宮に戻す気はないらしい。後輩の優しさを胸に刻みながら、後ろ姿を駆け足で追いかけた。


 +++++


 猫を被っている花宮は、なんでも1人でできると周囲の人間に思われている。強ち間違ってはいないが、それでも優しくしてくれる大和が、とても好きだった。
 大和は同級生にも上級生にも人気がある。人気が種となって妬まれることもあるが、大半の生徒は大和を良く思っている。恋愛の意味で好きだという人もいるだろう。花宮もその中の1人だ。

 途端、大和が優しくしているのは自分だけじゃないんだ、と気づいてしまった。大和は男よりも女を取るのだろう。いや、年上の時点でダメかも知れない。負の方へ考えが落ちていると、外の雨音が花宮の耳に戻ってきた。止まず、ザーザーと降り続ける雨に、とうとうそのまま濡れて歩いて行こうかという結論に至った。

 濡れる覚悟を決めて玄関を出る。少し躊躇いがちに出した一歩を、そのまま進める。何故か、濡れた時の不快感が訪れなかった。――雨の下を歩いているのに濡れない。ぼーっとしたまま空を見上げると、ビニールに守られていた。

「ッ!」

 はっと思い後ろを振り向くとそこには花宮に傘を付き出し、花宮の代わりにずぶ濡れになっている大和がいた。

「なっ、に……。お前! なんでオレに傘差してんだよ! 大和が濡れるだろ!」
「俺は構わないっすよ。傘持ってなさそうだったんで、俺の使ってもらおうかと」

 変わらぬ笑顔で、傘の中に入ってきた。隣に並び、歩く。大和が傘を持ち相合傘をしているという状況に、激しく嬉しさがこみ上がり気持ち悪いほどに頬が緩んだ。大和に見られないように自然と俯く形になる。

「それにしても、花宮先輩が忘れるなんて」
「? なにを」
「傘。先輩って天気予報とか隈なくチェックしてそう」

 大和が可笑しそうに肩を揺らす。

「そこまでマメじゃねーよ」
「でしょうね」
「どういうことだよ……」
「だって先輩、思ってるより大雑把ですよ? 消しカス床に捨てたり、シャーペンについてる消しゴム使ったり、トイレのあと手洗うと振るだけで終わらせちゃったり……」

 淡々と今までの行動を言う大和に、正直涙が出そうになった。そこまで見ていたんだ……と。自分でも気付けない些細な動きまで、大和は見ていた。凄く嬉しかった。
 この時間がずっと続けばいいのに。とても心地が良い。好き。好きだ。大和。好き。大和が好き。すごく好きだ。――好きすぎて苦しい。


2013/04/25 バスケ部後輩男主が好きで好きで堪らない花宮
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