The new born day

「あ、爆心地だ」

クリスマスで彩られている街の交差点。一緒に昼休憩にでた後輩の女の子の声で目線を信号機より上にやると、大画面に映し出された新進気鋭のヒーロー爆心地が居た。

『──溶けるだろうが』

何度も聞き慣れた低いテノール。
溶けかけたチョコを舌ですくい取り、そのままチョコに口づけを落とすように食べる姿は普段の言動から考えられないくらい扇情的で、横にいた後輩共々見入ってしまった。

『──ヒーローだって、恋をする』

CMから流れてきたキャッチフレーズも間違いなく爆心地の声で。知り合った高校時代からは比べ物にならないほど落ち着いた声色に時の長さを実感した。

「あ、やば先輩!急がないと」

新商品のチョコレートの商品名が流れる頃には下の信号機の青色が点滅しはじめる。僅か30秒にどうしてこんなにも魅入ってしまったのか。どうやらそれは私たちだけではなく同じように足を止めていたOL達が慌てて道路を渡り始める。久しぶりに見る画面越しの恋人の破壊力を痛感しながら、私と後輩は目的のカフェへと向かった。



「さっきのCMの爆心地ヤバいですよね」

金曜日のランチはデザート付きのちょっといいものを食べたい。土日の休みを前に浮き足立つ私と後輩とのささやかな欲望を叶えるため訪れたカフェは思った以上に可愛らしく、女性客で溢れていた。手早くオーダーを済ませて、ランチが来るまでの間、やはり話題となるのは先ほどのCMだった。

「第一弾サンイーター、第二弾ウラビティだったんで、次あたりデクかショート来ると思ったんですけどね」
「確かにウラビティのあれ可愛かったよね」
「わかります。サンイーターの奴も純情な感じだったから今回の見てびっくりしちゃいました」

照れたように仕事終わりの帰り道にチョコレートを差し出してくれるサンイーター、こっそりチョコを食べているところを目撃され慌てたように半分こを提案するウラビティ。どちらも微笑ましくて可愛らしかったのに、明らかに今回のは毛色が違った。なんというかあれは。

「なんというか…夜に一人で見たら変な夢見ちゃいそうな奴ですよね」
「ほんと。クリスマス前なのに中々刺激的だよね」

周囲を気にして小声になった後輩に激しく同意する。全く何週間会えてないと思っているのか。12月に入ってからお互いの仕事やら出張が重なって電話はおろかラインも中々帰ってこない日々だ。そんな私の気も知らず、公共の電波は色香垂れ流しの恋人を容赦なく流してくる。付き合いたての女子高生じゃあるまいし、こんなことで恋煩いになるのは勘弁して欲しい。

「あ、クリスマスっていえば先輩。月曜出勤するって本当ですか」
「うん。でも大して時間はかからない案件だから早く終わると思うし」

暦の上では明日からは3連休で、我が社も本当ならその恩恵に預かれるはずだったが、師走というのは中々どうも上手くいかない。どうしても外せない仕事が入ってやむを得ず休日出勤せざるをえないことがあるのが年末というものだ。でも、と続ける後輩は心配そうに眉尻をさげている。その顔からは彼女の言いたいことがひしひしと伝わってきて、後輩に恵まれたなとどこか遠いところで考えた。


「あの、良かったら私代わりましょうか」
「ん、ありがとう。でもほんと大丈夫」


私が彼女の申し出を断ると同時に注文したランチが二皿運ばれてきた。



「彼氏も仕事忙しそうだし、仕事していた方が気が紛れて楽」



そう、その日が世間ではクリスマスイブで、なおかつその日が私の誕生日でも。
テーブルに運ばれてきたできたてのパスタが湯気をたてる。冷めないうちに食べちゃおう、と促すと渋々目の前の後輩はフォークを進めた。


「彼氏何してる人でしたっけ?」
「公務員」



公務員ってそんな仕事忙しいものなんですね、と私のかわりにぼやく後輩にほんとそうだよね、と2度目の深い同意をした。




『3連休、仕事になったから。勝己も仕事?』

自宅への帰り道に送ったメッセージを確認しても既読にはなっていなかった。恋人である公務員──もといヒーロー爆豪勝己は相変わらず多忙なようだ。本当は最終日のみ仕事だが、そう伝えるのはなんだか構ってアピールしてるみたいで聞かれたら答えようと心の中に留めておく。


『そうですね。かっちゃ…あ、いや爆心地とは元々幼馴染みで、中学高校と同じでした』
『いい加減呼び方慣れろや…』


部屋着に着替え、BGM代わりにテレビを点け、少し遅めの夕飯の支度をしようとしていたところで、聞こえてきた呆れた声に手が止まった。慌ててテレビの音量を上げると、若手ヒーロー達の特集か何かのようで、ヒーローデクとヒーローショート、それに爆心地の姿がある。画面右下には生放送の表記。なるほど。道理で既読にならないわけだ。少しメイクが濃いめな女性アナウンサーがこれ幸いにと3人にインタビューしていて、私の視線も自然と爆心地のもとへと向かう。

『CM放映で最近女性人気も高まっている爆心地さんをはじめ、ファンの方が気になっていることをお伺いしたいのですが、皆さんクリスマスのご予定などは──』
『仕事ですね』
『僕もです』

ショートの言葉にデクも続けると、皆さんお忙しいですものね、とアナウンサーが言葉を繋いだところでCMに切り替わったところでテレビを消した。
そうか、やっぱり仕事か。できれば画面越しではなく直接その答えを聞きたかったが、仕方ない。私もやむなしとは言え、仕事が入った。また後日会えればそれでいい。
ひとりぶんの夕飯を作りにキッチンに戻る。途中開きっぱなしだったラインの画面を覗いたが、やはり既読のマークは付いていなかった。




勝己からの連絡が来たのは土曜の午後だった。
『了解。都合ついたらそっち行く』となんとも彼らしい簡潔な返事が来ていて思わず頬を緩めると、横にいた友人がなになに?とスマホを覗き込んできた。

「え、うそ。まだ続いてたの?」

スマホに表示されている送信主の名前を見て高校からの友人は目を丸くする。失礼な、と彼女を小突くとごめんごめん、と明るい声が飛んだ。
今日は母校である雄英の1-C同窓会だ。勝己のことを一般人よりは少し多く知る級友達からしてみたら、同じ高校だったという共通点があるくらいの私と勝己が続いているのが不思議で仕方ないのだろう。わかる。正直、私も不思議で仕方ない。

「あーでも、心操も爆豪くんのこと意外といい奴って言ってたから意外とそうなのかもね」
「あのね、2回も意外って言い過ぎ」
「ごめんって。まぁ幸せそうでなにより」

実際はかれこれ1ヶ月近く会えていないし、2日後に迫った私の誕生日もスルーされる可能性が高いのだが、スマホを見ている私の顔は幸せそうに見えるらしい。どうやら大人になって私も嘘をつくのがうまくなってきたようだ。人だかりの中心にいる心操くんに個性でも使われてしまえば、1発で私の内心はバレそうだが。

「あ、このあと二次会行くよね?」
「ごめん、年末だし実家戻る約束をしてるんだ」

このところ仕事も多忙でろくに実家に帰れていない。勝己も仕事だし、たまには休みを実家で過ごすのも悪くない。早々に同窓会を切り上げ、慣れ親しんだ実家に向かう。卒業前、勝己と何度も二人で歩いた道をひとりで歩くのはなんともセンチメンタルになるもので。本当に女子高生の恋わずらいみたいになってきて、苦笑いした。

「ただいま」
「あら?」
「ん?」

久しぶりの娘を前にしてその反応はいかがなものか。いつもなら帰ってくるなら連絡くらいしなさいよ、と矢継ぎ早に母親は話しかけてくるのに、二人して何故今帰ってきたという顔で出迎えられた。リビングのダイニングテーブルには父の正面に来客用の湯飲みが鎮座している。

「なに、誰かお客さん来てたの?」
「そうよ。今、あんたのお茶も淹れるから座ってなさい」

母がばたばたと慌ただしくキッチンに駆けていく。いつもなら「結婚相手のひとりやふたり連れて帰ってきなさいよ」と茶化してくるのに今日はそれもない。なんとも調子が狂うと思い、父の前に座って同じようにテレビを見る。丁度夕方のニュースのようで、先日の敵退治の様子が報道されていた。
そして映るヒーローはどんなタイミングかまた『爆心地』だ。
さすがに実家で恋人の活躍を見るのをためらわれ、チャンネルを変えようとすると、何も知らないはずの父が「──いい男だな、爆心地」と呟いてきたので淹れられたばかりのお茶で咽せそうになった。




そして迎えた12月24日。

「ですので──はい、弊社と致しましては──はい、その点に関しましては明日担当が出社次第折り返しさせて頂きます。お手数お掛けして申し訳ありません。失礼致します」

ひとりきりのオフィスで私の謝罪が空しく響く。タイムカードをスキャンしたと同時に深いため息が零れた。早く終わるはずだった仕事は何故か謎のクレーム電話に捕まって、気が付けば午後6時を過ぎていた。そう、12月24日クリスマスイブの午後6時。会社を一歩出ると、煌びやかなイルミネーションと腕を組んで歩く恋人達が嫌でも目に入る時間帯だ。
さすがに、辛い。
本来休日の筈なのに理不尽な怒りを真っ正面から受けて関係のない私は平謝りして。かれこれ1ヶ月近く会っていない恋人からは電話の一本もない。

「誕生日なのになぁ…」

堪らず独りごちると例の交差点にさしかかる。信号は赤。タイミングよく流れる例のCMに大衆とともに時が止まる。

『──ヒーローだって、恋をする』

画面越しに挑むようなでもどこか慈しむような目つきでチョコレートを頬張る勝己と目が合う。
嘘つき。恋をしているのは私だけではないか。本音を言えば休みだってもぎ取って欲しかった。いつも我慢しているのは私の方で。でもそれを表に出せるほど器用でもなくて。才能マンとか囃されるのなら気付け馬鹿。完全なる八つ当たりだけど呟かずにはいられなかった。

「──かつきのバーカ」
「うっせ。待ちくたびれたわ。阿呆」
「え?」

信号が青に変わり、止まっていた時が動き出す。群衆に紛れて、誰かにかじかんだ左手を強く引っ張られた。
生まれつき色素の薄い髪。紺色のマフラーで顔の下半分を隠しているが、間違いなくそれは先ほどまで大画面でチョコレートを頬張っていた張本人で。

「え、勝己なんで?!今日仕事──っむ」

脳内の処理が追い着かず声を張り上げると勝己の右手で口を塞がれるも時は既に遅かった。只でさえ人の多い繁華街。そして今日はクリスマスイブ。
周囲から「え、爆心地どこ?」と声が上がりはじめる。

「──走れるか?撒くぞ」

小さく舌打ちをしたかと思えば、私の意志を確認する前に強引に引っ張られる掌。「え、マジでいんの!?」と周囲が響めき出す中、私たちはクリスマスの雑踏を駆け抜けたのだった。




「待…って、かつ、き」

久しぶりに全力疾走を強いられた気がする。辿り着いた私のマンションで息絶え絶えな私と違い、涼しい顔の勝己は「いいから飲め」と勝手したたる我が家の冷蔵庫からミネラルウォーターを出してくれた。有り難く頂戴すると「少しは身体鍛えろや」と有り難くない嫌味も付いてきたが。

「ごめん、写真撮られたかも」
「あ?んなん気にすんな」

それより腹減った、と宣う爆豪勝己はいつも通り過ぎて調子が狂ってしまう。

「来ると思ってなかったから何も用意して─」

ないよ、と続けるつもりで開けた冷蔵庫を見て固まった。
割と空っぽであったはずの冷蔵室には美しく彩られたサーモンのカルパッチョ。飴色玉葱が頂点に鎮座し綺麗な焼き色のローストビーフ。あとはオーブンに入れるだけの状態のラザニア。それに「happy birthday」のプレートが眩しいイチゴの乗ったホールケーキ。それは間違うことなきパーティーメニューで。
え、っと、つまり、これは。

「作って、くれたの?」
「──ちゃうわ。お前来るまで時間余りすぎたから買ってきた」

目線を反らしながら、平気で嘘をつくこのヒーローになんて言葉をかけようか。焼かれてないラザニアなんてきっと百貨店には売っていない。それにこの時期にサンタもトナカイも乗っていない普通のケーキを手に入れることがどれだけ大変なことかこの日に生まれてしまった私は嫌という程知っている。それでも目の前のキッチンからはこれだけの料理を作った後なんて微塵もないくらい綺麗に掃除されていた。
それなのに買ったと言い張るこの彼氏様はなんと傲慢でプライドが高い優しい恋人なのだろうか。

「…仕事だと思ってた」

ようやく口にできた言葉はやはり可愛げのない一言だった。

「あ?んなこと一言も言ってねぇ」
「でも金曜のテレビで…」
「あれはデクと轟だけだろーが。あんなモテねえ奴らと一緒にすんな」

俺は言ってねぇ、と自信満々に勝己は笑う。デクもショートも勝己よりモテるのではないかと思ったが口にはしない。
おら、飯にすっぞ、とラザニアを予熱されてたオーブンに放り込んだ姿を見てやっぱり作ったんじゃない、となんだか嬉しくて泣きたくなった。


「言ってくれれば、今日出勤しなかったのに」

勝己が用意したくれたご飯は私が嫉妬を覚えるくらい美味しかった。本当に天は何物を彼に与えたのだろう。やや性格に難があると言われているが、懐に入れられてしまえば勝己より優しい男を私は知らない。光己さんの教育が行き届いている綺麗な箸使いを眺めていたら「見てないで箸動かせ」と睨まれた。


「つまんねぇ嘘だな」
「いや、嘘じゃなくてほんとに」


ひさしぶりに恋人に会えるのならそちらを優先するに決まってると不満を溜めた目で勝己を見ていたら鼻で笑われた。


「どうだか。お前の性格上、どうしても、つって世話になってる誰だかに頭下げられたら仕事行くだろ。こんな本当に仕方ねえっつーようなブスな顔しながらよ」


眉尻を下げて全然似ていない私のものまねをする勝己にそんな顔してない!と抗議すると勝己が声をあげて笑う。


「──ま、そうゆうとこ嫌いじゃねぇけど」



不意打ち、だ。
たった一言で今まで自分の中に居座っていたもやがなくなっていく。
さもそれが当たり前かのような風にそう言うことを言うからこの人はたちが悪い。自分が自分で好きになれないところをこうも簡単に認めてくれる勝己は本当になんなんだろうか。


「おい、またブスな顔」
「…ブス言うな」


台詞の割にその口調は穏やかで。
うっかり泣きそうになった私が顔を隠すと勝己の温かい掌が私の頭を撫でていく。今日ひとつ年齢を重ねたはずなのに、なんだかとても幼い女の子になった気分だ。


「お前のブスで可愛くねぇ部分も余裕で愛してやるっつーの。舐めんな」
「なにそれ…」


照れた顔のひとつでも見せてくれてたら私も茶化すことができたのに、その顔は当たり前のことしか言っていないという普段となんら変わらない顔をしていて。そんな顔をされてしまうと、私はどんな顔をしていいかわからなくなる。本当にずるい男だ。


「で、それはこれからもぜってー変わんねぇからお前の人生全部よこせ」



言葉と共に飛んできたベルベットの小箱。慌ててキャッチしてそれの中身を確認する前に、矢継ぎ早にダイニングに臙脂のフォントの紙が拡がる。ちょっと待って。展開が早すぎて頭が追い着かない。目の前に広げられたのはいわゆる『婚姻届』で。


「とっととそれ書いたら、役所行くぞ」
「役所って…え…」


勝己が渡してきた婚姻届には、証人の欄には既に名前は記入されていた。それはよく知る私の父の名前と勝己のお父さんの名前で。私が断るという選択肢がないのか、だとか、いつそんな準備したんだとか、そんなことが頭の中で反芻していると、珍しく瞳が揺らいだ勝己と目が合った。


「…書かねえのかよ」


そんなことあることがないのは1番勝己が知っているはずなのに、初めてみる勝己の動揺の色に少し不謹慎ながらも嬉しくなった。


「書かないと思ってるの?」


そう返すと、そんなわけあるか、と勝己は口角を上げる。なんだか少し残念だ。いつもの勝己にもう戻ってしまった。
新しい未来を紡ぐため、何十年も書き慣れた名前を用紙に記す。その横に記された意外と達筆な「爆豪勝己」の文字を見てなんか本当に新しい私が誕生したみたいだ。

「言い忘れてたわ。誕生日、おめでとう」


3日前からは想像していなかった最高の誕生日に堪らず勝己に飛びついたら、揺らぐことなく抱きしめ返された。どうぞこの穏やかで幸せな日々が絶え間なく続きますように。



後日、プライドの高い彼が実はデビューと同時に迷惑を掛けるかもしれない、という理由でうちの両親に挨拶をしに行ってたことや、私の誕生日の休みをもぎ取るため、苦手なCMまで引き受けていたことをキリシマくんからこっそり聞くことになるのだが、それは私の苗字が「爆豪」になってからの別の話だ。


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