空を飛ぶのは魔法使いにとって散歩をするようなものだ。なにかを意識してするほど難しくはないし、周りを見る余裕さえある。箒で風を切って飛ぶのは気持ちがいい。
エリアスは軽く息を吐く。秋は深まり、上空で吐いた息は微かに白い。雲の切れ間を泳ぐように空を飛ぶ。
「うん…?」
そろそろ休憩をしようか、と思ったところで妙なものが目に入った。エリアスは少し前傾姿勢になって、地上に進路を変えた。




「なんでそんなもの食べようとするの」
「ぴゃっ」
地面に降り立って声をかけると、小柄な少女の体が文字どおり跳ね上がった。大きな目がぱちぱちと瞬いて、視線がさ迷う。彼女の小さな手に握られていた雑草が地面に落ちて転がる。
エリアスより少し目線の低い少女だ。年の頃は分からないが人間だとしたら少し年下だろうか。見た目こそは自分とそう変わらないだろうが、怯えた様子を見るに精神年齢は少し幼げに思えた。
「なんで雑草なんか食べてるの」
泥にまみれた雑草は間違っても食用の植物ではなかった。むしろ薬学の授業に遣うような代物のそれは苦々しい緑をしている。
「ざ、雑草…ごはんだもん…」
少女は眉を下げて抗議する。彼女の方もエリアスを同世代と見たようだった。怯えつつも少し不満げに言う彼女に僅かに唇を引き締める。
「ご飯…?君、まともなご飯食べてないの」
「ちがうよ」
言葉をとらえかねて首を捻る。少女の服装は派手さこそはなかったが決して貧相ではなかったし、生活に困ったようにも見えない。落ち込んではいるがたしなめられて単純に驚いただけに見えた。
「お花…」
黒髪のおとなしそうな少女はしゅんとなって雑草を眺めていた。小さなその草には白い小振りな花が咲いていたが、それは米粒ほどの大きさしかない。
エリアスは首を傾けてしばし思考を巡らせていたが、やがて得心がいったように1つ頷いた。
「良くはわからないけど、それが君にとっての食事ってことだね」
「え、う、うん」



「薔薇の花?」
硝子の器にもりつけた薔薇の花をテーブルの上に置くと少女は不思議そうに瞳を瞬かせた。
家人に断って薔薇の花をほんの少し摘んだ。生花の方が良いのだろうかとは思ったが、流石に薔薇園の花を直に食べさせるのは行儀が悪い。
「いいの」
「食事の邪魔をしたからね」
雑草を食事だとは思わなかった、という本音を口の中で殺しつつ答える。砂糖を少しいれた紅茶を飲みつつ少女が少し困ったようにするのを見ていた。
(ああ、見られるのは嫌か)
食事を見られるのを嫌がる人間は人生経験上決して少なくない。「茶菓子を持ってくる」、とさりげなく席を立った。本来ならば不作法だろうが、この場合は仕方があるまい。
適当に台所にあるクッキーの箝を持ち、少しゆっくりと部屋に戻る。花を食べるというのはどれくらい時間がかかるものなのか検討もつかない。妖精というわけではないだろうし。
ノックを数回して、部屋のドアを開ける。少女はおとなしく座ったままだった。
「あれで足りたかい」
「うん。ありがとう」
硝子の器には薔薇の葉や茎が残っていた。赤い花弁だけが綺麗になくなっている。やはり妖精とは違うのだな、と思う。彼女は人間にしか見えないのだけれども。
「君は花しか食べないの」
聞くと少女はこくりと頷いた。異食症ともまた違う気がする。
「でも、さっき食べてたのより、今食べた方がおいしいよ」
「それは種類が違うから?」
「ううん、誰かが育てたお花だから。育てた人の気持ちが伝わってきたの」
「気持ち?」
「そう。綺麗になるようにって育てた気持ち」
降り仰ぐように薔薇園を眺める。赤の花が緑の葉の間に咲き乱れる光景はエリアスにとっては見慣れたものだったが、彼女にとってはご馳走に見えるのだろうか。そう考えるとなんだか可笑しな気がする。
薔薇を育てたのは無論のこと自分ではない。だが、使用人が懸命に育てた花を褒められるのは悪い気分がしなかった。視覚ではなく味覚で花を感じるというのは少し不思議な感じがする。
「全部はあげられないけど、たまには食べに来てもいいよ」
そう言うと彼女はほんの少しだけ頬を緩ませて感謝の言葉を述べたのだった。



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