デートをしよう、などと目の前のが言うものだから胡乱げな声が出た。
にこりと笑って見せる顔は平生の憎らしいほどに整ったポーカーフェイスで、どことなく憎らしくなる。頬を捻ってやりたい衝動に狩られつつも何故と問うた。そんなことに意味があるとは思えないからだ。
紫と、ヴィンセントという名の男との関係は世間一般的には恋人といえるのだろう。けれどこれまでデートなどと言う浮わついた言葉が出たことはなかった。紫は通常女が望むようなあれこれを求めるような性質ではなかったし、ヴィンセントもまたそれをわかっているはずだった。今更、何を。
ヴィンセントは蒼い瞳を細めてくすりと笑う。コーカソイドの淡い色素は海のように澄んでいる。
「なに、君と思い出を作りたくなったのさ」
「まるで遺言だな」
鼻で笑って見せたが、内容如何によっては聞いてやろうと思えるほどには紫はヴィンセントを大切に思っている。
「で、お前はどうしたいんだ?」
皮肉げな笑みを浮かべつつも聞いてやると、ヴィンセントの唇が僅かに綻んだ。




「見世物にされている気分だ」
「見世物だなんてとんでもない。綺麗だよ」
本心から言った言葉を、紫はあきれたような視線を返すことで返事にした。ヴィンセントの言葉は掛け値なしの真実で、そして嘘をついていないことを彼女は理解しているはずだ。しかし彼は自分は紫に甘いと言う。
「こんなものはお前の主人のような貴族連中が着るものだろう。私には合わないよ」
「そんなことはないと思うけれど」
シックなサテンのドレスは人の目を引いた。紫の神秘的な(そう言うと彼女はジェネレーションギャップだと言う)黒髪をよく引き立てている。襟ぐりの浅いドレスはシックで魅力的だ。
磨かれた床の上、ヴィンセントの隣を歩く彼女の靴音がコツコツと甲高く響いた。
ホールの規模に比較して人数は然程多くはない。会員制のホールに集う落ち着いた雰囲気の男女たちはいずれも礼儀正しく、すれ違うたびに軽く目礼を交わした。
「それとも、こういうのは苦手だったかい」
「正直、肩が凝る。おまえはこういうのが好きなのかもしれんが」
「いいや、君のドレス姿が見たかったのさ」
笑って答えると紫はあきれたように目を剥いた。普段はしない化粧を僅かに施した顔は世界で最も美しく見える。
「全く、大それたことを。私の顔なんて腐るほど見てるだろうに」
「さあ、なぜだろうね。時折、いろんな姿の君を見てみたくなる」
きみはどうだい。言外の問いに、紅い唇が柔らかに答える。口紅の甘苦い味。髪の匂いが鼻を刺激してすぐに離れた。
「……もう少し顔色を変えるべきだ。からかい甲斐がないだろう」
「それはすまない。なんとなく分かってしまったものだから」
馬鹿野郎、と呟く声に怒りはない。ヴィンセントは微笑みを浮かべながら紫の白い手を取った。瞳を見つめながら跪き、軽く口づける。
「さあ、踊ろうか」
「仕方がない。エスコートは任せてやる」
「御意に」
優美なクラシックが流れる中、ヴィンセントは緩やかに立ち上がった。シャンデリアの光がきらびやかに二人を照らす。ひらりと舞うスカートの裾が目に鮮やかで、きっとこの光景を忘れることなどないのだろうと思った。




ワールドエンド・ダンスホール



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