あれは何歳のときだっただろう。
オレが天族ではないと知った日、ミクリオは死ぬほど泣いた。普段は聞き分けがよくて意地っ張りな幼馴染みがわあわあ声を枯らして泣くから子供だったオレはどうしたらいいのかわからなくて、周りををうろうろしていた。そして比喩ではなく本当に死にかけた。癇癪を起こした水の天族のこどもは天から授かった力を存分に暴走させて家を水没させたのだ。水の天族であるミクリオはともかく人間のオレはイズチの仲間が来てくれなければ本当に死んでいたかもしれない。
水をたくさん飲んで熱を出したオレはしばらく寝込んで、次に目を覚ましたときにはミクリオは流石に泣き止んでいた。痛々しいほどに目が腫れていて、病み上がりのオレよりずっと具合が悪そうだった。色を失った唇が震えながら謝罪の言葉を繰り返すのを頭を撫でて止めさせた。だって怒ってなんていなかったから。
次の日からミクリオは普段に輪をかけて口うるさくなった。オレよりちっちゃいくせに、早く起きて早く寝ろだとか甘いものばかり食べ過ぎるなだとかまるで大人のようなことを言うので笑ってしまいそうになった。どうしてそんなことを言うようになったか分かっていたからオレも従うことにした。今もそれは変わらない。
ミクリオは少しでもオレに長生きしてほしいんだ。 長くて百年。天族にとっては本当に瞬きのような時間しかそばにいられないオレと別れるのを恐れてる。オレだって話を聞いたときにはイズチのみんなみたいに何百年も何千年も一緒にいられたら良かったのに、と思ったけど、そう言うとまた泣かせてしまうかもしれないので言わなかった。ミクリオの術で死ぬのだけはごめんだ。目の前で置いていくなんてそんな残酷なことできない。そんな風に思った覚えがある。
さすがにいまは、そんな最期を迎えることはないって分かってる。ミクリオはもう癇癪を起こして術を暴走させるような子供じゃない。オレが先に死ぬかも、って思っただけで泣いてはくれない。我慢強くなった。わがままをあまり言わなくなった。強くなって、オレから離れようとするようになった。体じゃなくて心の方。
ミクリオは勝手にオレと自分の間に線を引いて、遠くへ行こうとする。天族だから、人間だから。子供の頃はそんな境なんてなかったのに。
そんなわけで、オレはその線を踏み越えるのに必死になっている。




普通の人間には天族は見えないから、オレたちが新しい町に着くと大抵ロゼとオレが二人旅をしていると思われる。それは仕方のないことだけど、変な誤解をされると少し困ってしまう。今みたいに。
「お部屋は二つでよろしいのですか?」
宿のおかみさんが念を押すように聞く。この街の宿は割と大きい方だから、オレたちみたいな若くてお金の無さそうな旅人が二つ部屋をとるのは珍しいのかもしれない。……たぶん、恋人がなにかに見えてるんだろうし。
「はい!のんびりしたいんで、なるべく広い部屋でお願いします!」
躊躇いなくロゼが答えると、ちょっとおかみさんの目が驚いたみたいに開いて、それからすぐに笑顔を作った。広い部屋は当たり前だけど高いから上客だと思ってもらえたようだ。一応、お金はそれなりにある。大体武器や防具の新調のために貯金してるから、無駄遣いはできないけれど。
天族のみんなはオレやロゼの中で休めるから、本当なら狭い部屋でも平気なのだ。とはいえオレとしては、毎日辛い闘いをこなしてるみんなをちゃんとベッドでのんびりさせてあげたい。中でもミクリオはオレにあわせて人間らしい生活をしてきたから、ちゃんと寝た方がいいと思う。
「では奥様、こちらにサインをお願い致します」
「わっかりましたー」
なんか騙してるみたいで居心地の悪い思いをしているオレのかわりに、ロゼが飄々と手続きをする。もちろん結婚なんかしてないし、そもそも恋人ですらない(っていうかオレは他に恋人がいる)のに、ロゼを奥様とか言われるとなんだか変な感じだ。オレたちを夫婦だと思うのは、こっちから騙してしまったセルゲイくらいだと思ってたんだけど。
ロゼが書類を書き終わるまでやることのないオレはテーブルにかけて待つことにした。六人掛けのテーブルに一人で座っている男、に見えているはずだ。実際にはエドナもライラもミクリオも座っていて、デゼルだけはロゼのそばで不機嫌そうに立っている。いつものことだ。
「……奥様、ですって。男と女が一緒にいるってだけですぐそういう発想するんだから、人間ってほんと下世話だわ」
「まあ。エドナさん、お口が悪いです。あの方にはお二人しか見えてないのですし、悪気はないのですよ。むしろ親切のつもりで仰っているはずですわ」
「そういうのを余計なお世話って言うのよ」
くるくる傘を回すエドナの声は低くて、少し機嫌が悪そうだ。元々人間は嫌いだと言って憚らない彼女らしいなあと思いつつも、そんなに怒ることだろうかとも思ってしまう。見えないのは慣れてるはずなのに。これはオレが人間だからそう思うのだろうか。
「エドナったら気にしすぎ!変に詮索されるよりはなにかと都合いいっしょ!」
手続きを終えたらしいロゼがいつもの明るい調子で笑う。確かに、どういうご関係ですかって聞かれてもちょっと困る。仲間って言っても向こうにはわからないだろう。
「……お前とスレイじゃ、とても夫婦には見えないがな」
「それ、いい意味で?悪い意味で?」
ロゼが半眼でデゼルをじとーっと見ると、デゼルはちょっと気圧されたように帽子を被り直した。いつもの感じといえばその通りなんだけど、なんだか面白くて笑ってしまった。オレもロゼも全然そんなつもりはないから、茶化してもらえた方がありがたい。
「バカね」
ぼそっと呟いたエドナの声がやっぱり不機嫌そうだったので、オレは内心首をかしげた。




ロゼが言った通り結構広めの部屋がとれた。ベッドがなんと四つもある。小さい町なんかじゃ一つしかないときがあるから、そのときは二人にオレの中に入ってもらったり、床で寝たりする。デゼルは夜になるとどこかに出掛けることもあるけれど。
今夜も武装したままいなくなった風の天族は、きっと出発時刻になるまで戻ってこないだろう。仇の手がかりを探してるんだろうけど、今のところなにも掛けられる言葉がない。
「なあ、ミクリオ」
隣のベッドに腰を下ろしている幼馴染みに声を掛けて、返ってきたのは沈黙だった。
「ミクリオ?」
「……ああ、なに?」
ワンテンポ遅れた答えに疑問符がわく。ミクリオは頭の回転が早くてしっかりしてるから、普段はぼうっとすることなんてまずない。考え事をしていたのか、具合が悪いか。どちらだろう。ミクリオは意地っ張りだけど冷静で周りが見えるやつだから、体調が悪いなら自己申告してくれるはずだ。おそらく前者の可能性が高い。
「考え事か?聞くよ」
「いや、大したことじゃない」
首を振るミクリオは、少なくとも表向きは普通に見える。そういえば、さっきミクリオは一言も話してなかった。口数は少なくないのに珍しい。聞いてみようとしたところでミクリオが先に口を開いた。
「君こそ何か考えてたんじゃないのか」
「あー」
考え事ってほどじゃないけどなんとなくもやもやしてるのは確かだ。それこそ大したことじゃないけど、だからこそ聞いてもらうのもいいかなと軽く思う。
「夫婦って呼ばれるの変な感じするなーって」
子供じゃないけどそんなに大人じゃないし、ロゼと夫婦なんてあり得ないのにな。そんな風に話が続くと思っていたから、ミクリオがちょっと顔を強張らせたのは予想外だった。
「……まあ、いいんじゃないか。いつか所帯を持つことがあるかもしれないしーー」
「は?」
自分でも驚くほど低い声が出た。どうやら失言を悟ったらしいミクリオが元々白い顔をさっと青くしたけれどそのまま流してやるつもりなんてない。
「どういう意味?」
「どういう、って」
「オレたちってさ、付き合ってるよね」
じっと瞳を見つめて、噛み砕くように言うと紫が揺れる。嘘がつけないってオレによく言うわりにはミクリオは分かりやすい。やましいことがあるときは特に。ミクリオは絶対悪人にはなれないとオレは思う。
「つ、きあってる、けど」
「じゃあ、さっきのなに」
「その、」
「オレが浮気するって思ってる?」
「それはない」
なんでそこは即答なんだろう。しないけど。
「まあ、なんだ。……可能性の一つとして考えておく必要はあるだろう?」
「ない。一つもない」
オレはミクリオが好きだ。男同士だと結婚はできないから、奥さんを持つことは一生ない。ミクリオが嫌だって言わない限りは一緒にいてもらうつもりだ。だから結婚なんてしない。
「いや、君は世間を知らないからな。これからどんな人と出会うか分からないのだし、その時のことを考慮しておいても損はないはずだ」
「……はぁ」
これはダメだ、全然ダメだ。何となくわかってはいたけどミクリオはバカだ。オレと同じくらい世間知らずのくせに。ため息を吐いて、言い訳に苦慮しているミクリオのベッドに向かう。自然オレを見上げる形になったミクリオの襟を思いきり引き寄せて頬に口づけた。一瞬間があって、ミクリオはうわあと色気のない声をあげる。
「今!全然そんな雰囲気じゃなかっただろ!」
「どうかな」
恋人っぽい雰囲気とか全然わかんないし。恋人って言われたら思い浮かぶ顔がいくつかあるけど、ああいうのはオレたちには絶対合わない。それに別に今は優しくしてやるつもりじゃないしいいんだ。
文句を紡ぐ小さな唇を塞いでやるとミクリオは目を白黒させたので、ちょっとすっきりした。柔らかくてふにふにしてて、それでいてひんやりしている。低い温度をしたミクリオの体は、こうして唇を重ねると少しずつ熱くなっていく。
ふと唇が開いた隙に舌を入り込ませると薄い肩が震えた。薄い舌を掴まえて掻き回すと唇の端から唾液が溢れて顎の下を伝って落ちた。小さな火がちらちら揺れてるようなぼんやりとした快感が走る。我慢できなくなって更に口づけを深めると、睫毛に縁取られた瞳がオレを睨んできて、おかしな話だけどぞくっとした。ほとんど白に近い長い睫毛が涙を吸って濡れている。
ミクリオはきれいだ。なんというか造形がとても丁寧で壊れ物みたいな感じ。こう見えて案外打たれ強いのは誰より知っているけど、たまにはっとさせられる。衝動のままに押し倒すと水色の髪がシーツに広がる。
「ほ、本気か……?」
「そうみたい」
他人事みたいに言って笑う。逃げないように左手で腕を掴んで、既に乱れていた服の内側に手を突っ込む。ひんやりとした肌はさわり心地がいい。わあ、と色気のない声をあげるミクリオがかわいい。なんでって、慣れてないからだ。オレが知ってるミクリオらしい反応。
鎖骨を指でなぞって、堅さと骨の薄さを感じとる。薄くて滑らかな肌が少しずつ温度を増していく。オレにとってこれは、ミクリオという存在を確かめる作業に似ている。
「ん、……っ、」
あがりかけた声を噛み殺して、涙の溜まった瞳で睨み付けるミクリオを見てるとすごく意地悪をしたくなるのはなんでだろう。いじめたくなる。他の誰にもそんなふうには思わないのに、ミクリオだけは別だ。いやだと口で言うわりに正直な反応を示すそこに手を這わすと身を捩って逃げようとするので、両脚で腰を挟んで捕まえる。
「なあ、ミクリオ」
名前を呼んで、頬を包んでじっと顔を見つめると、やっと目が合う。透き通る紫はオレの好きな色だ。
「なんでお前がオレの幸せを決めるの」
大きな瞳が見開かれる。突き詰めればこれはそういう話だ。結婚した方がしあわせだから、子供を持った方がしあわせだから。ミクリオが拘っているのはそこだ。
「なんで、って」
「ミクリオといたら幸せになれないって、そんなのおかしいじゃないか。オレは幸せだよ、ミクリオといられて」
「それは、」
「ミクリオはそうじゃない?」
眉を寄せて、困ったような顔をするミクリオをじっと見下ろす。もしミクリオが絶対にオレといたくないって言うなら考えるけど、どう考えたってミクリオはオレが好きなんだ。だっていうのに離れていこうとするその思考回路がよくわからない。理屈はわかるけど納得いかない。
「ミクリオにそばにいてほしいんだよ、オレは。好きだからさ」
「……君はそうでも、周りはそうじゃない」
「気にしなければいいよ。なんなら説得したらいい」
「そういう問題じゃなくて……」
ため息をつくミクリオにオレの方こそ呆れてる。普通はこうだからとか、常識ではどうだとか、世間はこう思うとか、そんなことどうだっていい。真面目だけど柔軟な考え方ができるはずの相棒はオレのことになるとてんでだめになる。
「今さらミクリオより好きになる人なんていないよ」
「分からないだろ、そんなの」
「分かるよ」
「分からない」
話は平行線を辿るばかり。たっぷり数分にらみあって、ああだめだと悟る。オレのことになるとミクリオは頑固だ。とんでもない意地っ張りの堅物の頑固者め。言い出したら聞かないのは子供の頃からずっとそうだ。だからってオレだって諦めてなんかやらない。これはある意味戦いなんだ。
「……ミクリオはさ、オレのこと嫌い?」
「そんな、ことは、」
うなだれたふりをしてみせるとミクリオは分かりやすく動揺する。押して駄目なら引いてみろ。真正面からぶつかるより下手に出た方がミクリオは素直だ。
「じゃあ好き?恋人として」
「……、」
これには沈黙が返ってくる。事故みたいな形で体を重ねてから今日まで好きっていってもらえた試しがない。好かれてるのは分かってるけど言って欲しい。ミクリオの声で聞きたい。
「……そんなこと聞いてどうするんだ」
「だって、好きな人に好かれてるのって幸せだろ?ミクリオもオレのこと幸せにできるよ」
心の底からそう言うと、白い肌がみるみるうちに紅くなった。バカじゃないのか、って呟く声はちょっと震えている。声の調子からして照れてるのと怒ってるのか半々ってところ。
「どうなの」
「……分かっていることを改めて聞くのは意味がない」
「ミクリオは頑固だなあ……」
オレが呆れて頭をかいてしまったのも仕方のないことだと思う。たった一言いってくれればいいのに。
「……言ってもらえばいいか」
「わ、ちょっと、おい!……っ!」
舌を這わせて、鎖骨の辺りに軽く噛み付くと細い体が跳ねた。薄い皮膚の下の柔らかい肉。無駄な筋肉のない細い体。そもそも骨格が薄いからミクリオはいつまでたっても小さく見える。
そんな体の狭い狭い部分に軽く濡らした指を差し入れた。ひ、と悲鳴にも似た息を飲む音。何度してもそこは抵抗が強い。傷つけないよう細心の注意を払ってぐぷぐぷと指を沈める。目を閉じて中を探られる感覚に耐えるミクリオの薄い色の睫毛が妙に胸に迫った。
「あ、く、あ、……っああ!」
奥をえぐると高い声が上がる。これ最近見つけた好きなところ。いつもは凛とした歯切れのいい声がオクターブ高くなって余裕がなくなる。オレしか聞いたことがないだろう声が体の奥深くを熱くする。繋がりたい、と本能の部分が叫ぶのを押し止める。だってまだ答えを聞いてない。
「聞かせてよ」
「いや、だ、」
恥ずかしい。ミクリオが蚊の鳴くような声で言うから仕方ないかと思ってしまいそうになったけど、でも聞きたい。言わせたい。ミクリオのことになるとオレはわがままだ。
「じゃあこのままだな」
「こ、の、卑怯だ……」
睨む声にも顔にも覇気がない。赤い顔をして唸るミクリオの中で指を動かして様子を見る。ふうふうと猫の子供のように息を整えているのがいじらしい。この頑固な水の天族は見ての通り我慢強いので、長期戦を覚悟する。我慢するのはオレとしてもちょっと辛いものがあるのだけど、ミクリオを見てると飽きない。
子供っぽい笑顔とか、悪戯っぽい顔とか、今みたいな余裕のない顔だとか。オレにしか見せない表情があって、そのぜんぶを独占したい。たぶん自分が綺麗だなんて全く思ってないミクリオは惜しげもなく色んな表情を晒すから、特別がほしくなる。
「ひっ、あ、」
腰を屈めて上半身に唇で触れる。汗の味がした。ちゅ、と音を立てて吸ってみると白い肌に赤い痕が残る。それが面白くて首や胸を吸ってみると一際高い声が上がった。こういうところも気持ちいいのだろうか。反応が返ってくるのが嬉しくて、指は動かしたまま滑らかな肌を舐めたり噛んだりしてみる。中に入れた指がふやけるんじゃないかと思うほど中は濡れていた。相当気持ちいいのだろう。湿った水音を聞きながら、少しいじめてみようかと赤く染まった胸の頂を摘まんだ。
「ふぁ、ん、っひぁあああ……!」
途端に上がった高く甘い悲鳴に驚いたのはオレの方かもしれない。まだそんなに激しいことはしてないつもりだったから、予想外の事にぽかんとしてしまった。白くて粘っこいそれがミクリオの下肢を汚している。
「え、今のでいったの」
「君ってやつは……!」
これは本当に悪気がなかったのだけど、どうも怒らせたらしい。背中に思いきり爪が立てられる。皮膚がちょっと切れたんだって分かるくらい、強く強く細い指に力が籠っていた。痛いよ、と言うのを 無視して、ミクリオはオレを睨み付ける。
「君のせいだ。……好きじゃなきゃ、こんなこと許してない……!」
「……そっか」
ほとんど怒声に似た声がオレを幸福にする。分かってる、潔癖で気が強くて真面目なミクリオは、好きな人にしかこんなこと許せないだろう。分かってるけど、言葉にしてほしいときもある。
「ありがと。ごめん」
ちょっと拗ねた顔をしたミクリオに笑って見せて、指を指し抜く。粘液がとろりと流れた。いじめすぎたそこはとろとろになっていて、たまにひくんと震えている。正直言うとちょっと興奮した。言ったら絶対怒るから言わないけど。
骨盤の辺りを支えて、一つ深呼吸。ぐっと腰を進めると、やはりというか少しの抵抗がある。それでも随分と柔らかくなったのだ。乱暴な情動みたいなものが暴れそうになるけれど、怪我をさせたくないという気持ちが勝っている。
「んっ、あ、ああ……ひあう…っ、」
初めてのときほどにはきつくなくて、ちゃんと快感を拾ってくれているみたいだ。そういう変化が嬉しくもある。痛いだけより、気持ち良くなれた方がいい。ちゃんと二人で。
薄い背から続く折れそうなくらい細い腰をしっかり支えながら腰を進める。お互いの体温でとろけそうな暑さだ。噛み締められていた淡い色の唇から声が漏れだすのはすぐだった。吐いた息が熱い。
「ミクリオ、」
「な、に……うぁ、あああっ!」
舌ったらずな声が響く。もうほとんど意味のある言葉を発せられない今のミクリオに声を書けるのはわざとだ。反論されたくないから。
「オレに幸せになれ、って言うならさ」
溶けた瞳の紫、上気した頬の赤。余裕なんて全然なくて、オレしか見えてない蕩けた表情。オレはお前の瞳にはどんなふうに見えてるんだろう。知りたい。しあわせだと思ってくれてるのかな。
「幸せにするから、オレと一緒にいてよ」
「ーーっ!」
喉仏の目立たない白い首が弓なりにしなる。柔らかくて熱い粘膜に強く締め付けられて思考が爆ぜた。小刻みに震える唇が空しく開閉したけれど、言葉にはならない。
オレの背を掻き抱く力の強さが、きっと返事の代わりだ。




慣れたのか体力がついたのか、最近は翌朝になるともう疲れは引くしまうらしい。昨夜はあんなに辛そうだったのに、オレが目を覚ました頃にはもう起き出して旅支度をしていた。ミクリオは昔から早起きだ。
「君の言いたいことはよく分かった。とりあえず納得する」
「ミクリオ」
「今は、ね」
さらりと言ってミクリオは笑う。何が言いたいのか分かって眉を寄せた。これから何があるかわからないって意味だ。結局堂々巡りじゃないか。
「好きって言ったくせに」
「正気のときに言わせてみなよ」
シニカルに笑んで見せて、足取りも軽く部屋を出ていく。小さい体を目一杯大きく見せるみたいに背筋を伸ばして、危なげのない足取りで。昨日の疲れを全く感じさせない、いつものミクリオらしくて感心した。分かってはいたけど、オレのライバルは本当に手強い。簡単には折れてくれない。
「……でも、負けるわけにはいかないよな」
天族のミクリオとオレがいられる時間は笑えるくらい少ない。オレはどれだけ爪痕を残せるのだろう。オレがいなくなった後、ミクリオの隣にいるのはどんなやつなんだろう。オレが先に死ぬって知ってから想像するのはいつもそれだ。ミクリオの隣にオレがいない未来はどれだけ声を枯らして嫌だって叫んだって絶対に来る。覚悟はできてるはずだ。
オレが死んだ後隣に誰がいたとしても、いつか来るだろう命の終わりに一番最初に思い出すのがオレであってほしい。オレと育ったこと、喧嘩したこと、遺跡を巡ったことや浄化の旅をしたこと。辛いことも悲しいことも全部全部、出来るだけ忘れないでほしい。
ミクリオを好きになるやつは本人が思ってるよりずっとたくさんいて、だからオレはそいつらに勝たないといけない。オレが隣にいたって、ここで生きてたんだって、愛してたんだって、そういうのを全部全部、ずっと覚えていて心のどこかに住まわせてもらいたい。オレが死んだあとの遠い未来に、ミクリオの心からオレがいなくなる時がオレが本当に死ぬ日なんだってそう思ってるから。
「なんて、わがままかな」
呟いて一人笑う。導師のくせにとんだエゴイストだ。悪いとは思うけどやめる気なんてさらさらない。オレだって必死なんだから。
長くても、たったの百年。天族には瞬きにも満たない間しか生きられないとしても、オレはお前の一番でありたい。



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