三大欲求、という。曰く、食欲と睡眠欲と性欲。
本来天族は食事をしなくても生きることができるし、眠る必要もあまりない。性欲に関してはそもそもの前提としての生殖行動が必要ない。
だから、別にこんなものはいらなかったのに。




体が沸騰しそうだ。
いや、水の天族とはいえ勿論僕の体は水でできている訳じゃない。例え話だ。全身が毒のような感覚に支配されて熱くてたまらない。汗で服が張り付いて気持ち悪い。
(……みず、)
頭を冷やしたいのと汗をかきすぎたので喉が切実に飲み物を求めていた。自分でやればいいのにと笑われそうだが、今の僕ではこの小さな宿屋全体を水浸しにしかねない。制御が効かないのに天響術を使うような愚かしい真似をするほど子供ではないつもりだ。
具合が悪くたって集中さえできれば天響術は使えるのだが、今は集中力が最高に下降している。考え事すらままならないくらいだ。酷い目眩がしていて、ベッドから離れられる気がしない。
この感覚の正体は知っている。知っているが認めたくはない。端から僕には必要のないものである上に仲間に相談できるようなものでもない。単に具合が悪いだけならどれほどよかったか。寝たらなんとかなるんじゃないかと思ってシーツを被っているのだけれど、先程から感覚の波が強くなってきている、気がする。
あんなもの、飲まなければよかった。今日何度目かの思考が頭を巡る。如何にも質素な棚の薬瓶の中身を二杯。たったそれだけで僕は駄目になってしまった。天族だから効きやすかったのか、はたまた若いからか。理由はわからないが効果はこの通りだ。体に異変を感じてすぐ、熱っぽいのだと嘘をついて一人休ませてもらうことにした。なんとか普通に歩いて見せて、宿についてからこちらずっと部屋にこもっている。ゴドジンを訪れたときから連泊しているから僕が一人で戻っても怪しまれなかった。ドアを開けるときだけは音を立てないように気をつけねばならなかったが。
外は随分暗くなっていたが腹は減らなかった。僕がいなくても戦力は大丈夫だろうか。回復役は足りないかもしれない、と熱で回らない頭でぼんやり考える。スレイやライラたちのことを考えると少しだけこの感覚が遠ざかるような気がしていた。
自分の荒い息だけが響く耳に、かたんと乾いた音が届く。足音がしたはずなのに気づくのが遅れた。しまったと思うより早くドアが開く。白い衣。誰が来たのか分かって血の気が引いた。
最悪、だ。まだデゼルだったら気を使って外してくれるだろうに。遠慮なく入ってきた幼馴染みは少し困ったような顔をしていて、僕の状況を理解しているのだと悟る。
「スレイ……」
来ないでくれって言ったじゃないか。唇から出た声は彼の鳴くような小ささだった。風邪がうつるかも、なんて今思えばあまりに稚拙な言い訳だ。恥ずかしくて情けなくて苦しくてさすがに泣きそうだ。これで蔑むような表情をされていたら本気で泣いていたかもしれないが、スレイの顔に浮かぶのは心配げな色ばかりで逆に死にたくなる。
「……おかしいと思ってたんだ。顔色おかしいし、なんとなくぼーっとしてたし」
「そ、そうか……長い付き合いだしな……」
「いや、みんな心配してたよ」
「みんな……!?」
つまり全員にバレているということか。冗談抜きで気が遠くなる。いっそ殺せと叫びたいのを抑えたのはこれが自業自得だとよく分かっているからだ。エリクシールがこんな辺鄙な村に転がっているわけがないだろう。しっかりしろ僕。しかも二杯も飲んでしまうなんて。そんな下らないことの為に死ぬなんて情けないことこの上ない。
ぎし、とベッドが軋んだ音を立てた。身を乗り出したスレイの手が額に触れて、その冷たさに息を吐いた。薬の利いた僕の体には彼の体温は随分と低く感じられる。普段とは真逆だ。ひやりとした感触が心地いいとすら感じられて思わず息を吐く。
「なあ、なにかできることとかある?」
真っ直ぐな調子で放たれる言葉が今は耳に痛い。欲が剥き出しになっているときに気遣われて優しくされるのが辛いなんてはじめて知った。悪いのは僕なのでスレイには全く迷惑な話である。
「……出ていってくれ」
「ミクリオ」
「いや、すまない。君は全然悪くないから、先に休んでいてくれ。……その、分かるだろう!寝れば明日にはいつも通りだ」
たぶん。偽エリクシールの効き目がどれくらい続くのかなんて知らないが滋養強壮を謳って高値で売るような薬品の効き目はそんなに長くない、のではないかと思う。依存性という言葉が気になったが二杯なら大丈夫…なはずだ。
「ミクリオ、」
「ひ……!」
触れただけだ。スレイの手が肩に。それなのにこの浅ましい体は快楽を拾い上げて脳髄を狂わせる。おそるおそる目線を上げれば、あからさまに感じた声をあげた僕を真剣な瞳が見つめていた。嫌な予感。
「手伝う」
「やっぱりか……!だ、から、だめだって……!」
必死で抵抗してみても、体格差は如何ともし難い。僕の体は簡単に抱きすくめられて腕を押さえられてしまう。スレイの右手が下穿きに入り込んできて、声にならない声が漏れた。一番敏感な部分を他人の手に触れられるのはこんな感覚がするものだったのか。
「ん、こ、の、バカスレイ…っ!」
「今のミクリオにバカって言われたくないなあ」
「人の気にしてることを……!」
ああわかっているさ、バカだって。警戒心もなくあんなものを飲むなんてバカとしか言いようがない。どうかしてた。スレイの正論にぎりぎりと歯噛みすれば、少し呆れたようなため息が聞こえる。
「別に気にすることないのに。オレなんだし」
今さらかっこつけなくたっていいだろ、と言うスレイの言葉には一理ある。でも僕はスレイみたいに素直にはなれないし、相手がスレイだからこそ情けないところなんて見せたくないのだ。言い返す言葉がなくて目をそらす僕をよそに、スレイは指の動きを再開させた。
「あ、ぁ、ふ、」
薬で無理矢理に高められた体は過敏な反応を示していた。スレイの指先一本一本の感触が分かるのじゃないかと思うほどに。僕のそれは解放を求めて堅く勃ち上がっていた。意味なんてないのにこんなところまで人間みたいな反応をしてしまう。
過ぎる快感に気分が悪くなりそうな気さえした。普段よりずっと感覚が鋭敏でいっそ暴力的なほどだ。時折触れる髪の感覚にさえ反応してしまう。快楽の奔流に流されて溺れてしまいそうだ。押さえきれない声が上ずっていって限界を知る。
「も、だめ、だ、はなして、」
「駄目」
「……ひっ!」
裏筋を強くしごかれて、足先がぴんと張る。高く高く心臓が鳴るのと同じに、張りつめていたものが弾けて溢れだす。目眩のするような浮遊感。先端から放たれたものがスレイの指を濡らした。生理的な涙が溢れて眦を伝っていく。
「はぁ、は、」
酸素を求めて唇がはくはくと震えた。息を整えようと思うのに、体の熱は全然消えてくれない。むしろまだ足りないと暴れまわっている。一度強い外的刺激を受けたからもう一度、ということだろうか。我ながらなんてあさましい。
「ミクリオ」
名を呼ぶ声の熱さに心臓が跳ねた。緑の瞳に揺らめくのは情欲と呼ばれるものだろう。経験のない僕でもわかる。補食される弱い生き物になり果てたような錯覚。
視線を下ろせばスレイのものが確かな反応を示していて、かっと体が熱くなる。ひどく喉が乾いているのを思い出した。ぞくぞく背筋に寒気が走るのはどういうわけだ。
僕もスレイも男同士なのだから、こんな反応をするのはおかしい。だというのに僕の体は確かに興奮している。薬のせいで高められたことを差し引いてもこの反応は異常だ。逃げようとする体にスレイが迫る。じっと僕を見つめる澄んだ色。
「待、て、スレイ。それは、こういうことは、大事な人と、」
「ミクリオはオレの大事な人だよ」
「知ってるけど、っていうか僕もそうだけどそうじゃなくて!」
大事の意味が全然違う。スレイは親友で家族でライバルで導師と陪神で僕にとって間違いなく一番大事な人だけどこういうことをする対象じゃないだろう。僕がどう思っているかはともかく、スレイにとってはそうであってほしくない。
「僕は男だし天族なんだぞ」
「知ってるって」
「だから!こういうことは人間の女の人としないと駄目だろう!」
人間は結婚して子供を作るのだから、僕なんて相手にするべきではない。どんな生き物だって雄と雌でつがいを作るのが自然の倣いだ。スレイだってそう教わってきたくせに。
「わかってる。でもオレはミクリオとしたい」
「君ってやつは…!」
スレイはいつもこうだ。一足飛びに僕たちの関係を壊そうとするから質が悪い。悪意がないなんてそんなの僕が一番わかってる。親友で家族でライバルで陪神で、それで良いんだって言い聞かせている僕が馬鹿みたいだ。
「ミクリオだって、嫌じゃないんだろ」
「それは……っ!」
反駁など許さないとばかりにスレイの指が動く。部屋に響く湿った水音が心臓を跳ねさせる。これは本当に僕の体なんだろうか。普段剣を握っている鍛えられた大きな手のその指先が、自分だってほとんど触らない場所を責め立てる。
「あ、う、うう……!」
駄目なんだって。駄目なのに。
頭は白く濁っていくし、指が動くたびに俎の上の魚のように体が震える。僕の耳元で名を呼ぶ声のなんと熱いことか。こんなの、抵抗しろと言う方が無理だ。
「もう……好きにしてくれ」
小さく呟いた言葉を彼が聞き逃すはずもなく、ぎゅっと抱き締められる。さっきからずっと鼓動がうるさい。
スレイに誘われたのなら結局断れないのだ、僕は。




天族にはこういうことは不要なのだけれども、不要だからこそ人間ほどには同性愛はタブーじゃない。イズチには流石にそういう関係の仲間はいなかったが、話半分にそういう話を聞いたことはある。これからどうすればいいのか、完全にではないけれどなんとなくは分かっている。だからこそ嫌だったんだが、もうそれは言うまい。
知っているのは僕だけだろうかと思ったが、意外にもスレイも知っているようだった。当然と言えば当然か。人間のスレイにとっては僕より更に差し迫った問題ではあるのだし。
べたべたに汚れたズボンと下着は脱いでしまった。一人半身を晒しているのが恥ずかしくてスレイをじっと見つめると彼もまた服をくつろげはじめた。床に二人分の服が転がる。
「……う」
目の前に晒されたスレイの体を思わずまじまじと見つめてしまう。一緒に風呂に入ったりはするが心持ちが変わるとなんというか。恥ずかしいんだけど、とぼそりとスレイが言うので慌てて目をそらした。……僕の方が先程からずっと恥ずかしい目に遭っていると思うのだが。
というか今はそれが問題なのではなくて。
「入るのか、それ……」
その、他人のこういう状態になっているものを見るのは当たり前だが初めてだ。比べようとは思わないが僕のより大きいのじゃないかと思う。いや比べないけど。そんなバカみたいなことできるか。
「駄目?」
「う……」
悲しげに聞くのは狡い。心理的なあれそれじゃなくて物理的に無理なのではないかと思うのだが、やってみたらなんとかなるような気もしないではない。スレイに頼まれたら駄目とは言えないのは自分でもどうかと思う。
「痛くないようにするから」
「……頼むよ」
元は付き合ってもらったのは僕だったはずなのに妙な具合だ。快感が体を蝕んでいるのは変わらないのだけれど、隠さなくていいというだけで幾分楽になる。恥ずかしいのは抜けきらないが、自分だけがおかしい訳じゃないというのは大きい。
シーツに俯せて目を閉じる。正面を向かないのは単純にやり易いのと気恥ずかしいせいだ。剥き出しにされた後孔をスレイの指がなぞる。
「ん、は、」
濡らされたスレイの指がゆっくりと差し入れられて、狭く閉じた中を拓いていく。シーツをぎゅっとつかんで不可思議な感覚に耐えた。ぽたぽたと汗が落ちて白いシーツに染みを作る。
奥の部分を抉られると下腹のあたりがきゅうと疼いた。どうやらそこがスイッチのようで、指先でいじられると体がどんどんおかしくなる。上体を支えていた腕から力が抜けて、枕に顔を押し付けるような格好になった。
「指、増やすよ」
「いちいち言わなくていいから!」
じゃあ黙ってるよ、との言葉通りにスレイが口をつぐむので、僕の上擦った声とスレイの息遣いばかりが聞こえた。逆効果だったかもしれない。今何をしているのか突きつけられてるみたいで。
少しずつ指の本数が増えて、バラバラに動いた。耳障りな水音がするのは先程濡らしたせいだけではないだろう。中を拡げられて、指を飲み込んで、はしたないことこの上ない。唇の端から飲み込みきれなかった唾液が零れ落ちた。きっとひどい顔をしている。
「ミクリオ、顔見たい」
このタイミングでそれを言うか。ねだるような響きをした声に応えたくなってしまう自分をいい加減殴りたい。僕はどうにも身内に甘すぎる。
「ま、待ってくれ……今は駄目だ、こんなひどい顔を見られるのはいやだ」
「でも、折角だから顔を見ながらしたいからさ」
「……笑うなよ」
「笑わないよ」
唇を引き締めて真顔を作ると、体を起こしてスレイに向き直る。汗まみれだし少し泣いたし(反射であって悲しかったとかではない)、顔も熱くて見るに耐えない顔をしているはずなのに、優しい微笑みに迎えられて不覚にも胸が高鳴った。
頬を大きな手が包み込んで互いの吐息が重なる。スレイも余裕のない表情をしていて少し安心した。こんな顔を見たことがあるのは少なくとも今はきっと僕だけで、それが嬉しい。
「好きだ」
「……っ」
たった三文字で胸が締め付けられるのはきっと薬のせいだ。じわじわと上がっていく体温も、全身に広がる多幸感も全部薬のせいだって、そう思わなければ僕は変になってしまいそうだ。スレイに返す言葉を結局見つけられずに胸に顔を埋めると優しく抱き締められてベッドに押し倒される。何をいうのも気恥ずかしくて、無言でゆっくりと足を開いた。
開いた足の間に触れるその、指とは全く違う熱さと体積に思わず息を飲む。触れただけでその固さが分かってしまい、後孔がひくりと収縮した。やはり無理なのではないかと思ってしまうほどにそれは大きい。緊張して体が強張っているのは僕だけではないようで、モスグリーンが揺らめいている。
「ミクリオ、」
「……心配するな、大丈夫だ」
きっかけは僕。言い出したのはスレイ。
今さら止めようだなんて言ったりしない。歯を食いしばって身構える。絶対痛い、あれは痛い。覚悟しろと体に言い聞かせる。
「いくよ」
声と共に、スレイはゆっくりと腰を落とした。ぐぷりと音を立てて粘膜の入り口が開かれる。
「あ、あ、ぐ……!」
眼前に火花が散る。冗談ではなく体が裂けるのではないかと思った。逃れようとする腰はスレイにがっちりと掴まれている。反り返った背が浮いてスプリングが嫌な音を立てた。
「ミクリオ、力抜いて」
「で、きな、ひ……っ!」
痛いというよりひたすら熱い。鉄の棒に体を引き裂かれる錯覚。狭い場所が押し拡げられて悲鳴をあげている。
「ミクリオ、」
「あ、う、」
切羽詰まった声が耳に届くと、早く力を抜けと体が叫ぶ。この状態はスレイも辛いのだとようやっと気がついて、なんとか呼吸を整えた。しっかりしなければ。我慢するのは得意だろう。
痛みと違和感に体が暴れてしまうのを止めたくて、スレイの背に腕を回す。触れた背の広さに不覚にもどきりとした。大人の男だ。筋肉のついた厚い背。差をつけられて悔しいけれどこの背中が好きだ。
「く、ぅ、ああ…っ!」
先端が入ってしまえば、あとは楽だった。指で丁寧に慣らされたからなのか、天族はそういう体質なのか、はたまた薬のせいか。無理だと思っていたはずのそれが奥へ奥へと入り込む。薬に冒された体の感覚は驚くほどに敏感で、彼のかたちが分かるような気さえした。
「はいっ、た……?」
くらくらする。スレイが中にいるんだと思うとなんだかすごく、
「なんか、すげー嬉しい」
「は、」
「オレのもんなんだなーって。独占欲?」
「こ、の、バカ!」
恥ずかしい。スレイはいつだって素直に物事を言う人間なので、僕ばかりが恥ずかしい気分にさせられる。同じようなことを考えていたとは口が裂けても言えない。
「動いてもいい?」
「……そういうの、聞かないでくれ」
スレイがおかしげにくつくつ笑うたびに中が微妙に振動してむず痒い。快楽と安心感のようなもの。熱を共有している。
「ミクリオ」
「ん、あ、う……あ……っ!」
腰が打ち付けられるたびに肉のぶつかる音がして、天族といえども生き物なのだとぼんやりと思った。折り曲げられた脚が視界の端で揺れる。熱い吐息の合間に聞き慣れた声が聞きなれない温度で僕の名を呼ぶ。他のことなんて忘れてしまったかのように君が僕の名を繰り返すから、僕の頭の中まで君で溢れてしまう。喉が震えてたった一人の名を繰り返した。生まれてから一番呼び続けたひとの名前。
涙が溢れるのは快楽のせいだけじゃないって、スレイには知られたくない。酸素が足りない。足の間はもとより体全体が気持ちよくてたまらなくて呼吸もままならない。死んでしまいそうな気がする。このまま死んでも良いような気がする。
「う、あ、スレイ、僕、も、だめ、」
「オレも、」
いい?と聞かれるその意味すらわからなくて、わけもわからず頷いた。熱と快感とうるさい心臓の音で死んでしまいそうだ。スレイのせいだ。スレイだから。
「ひ、あ、あ……っ!」
世界が滲む。鼓動がうるさい。背骨を電流が駆け抜けて頭を白く染め上げてゆく。飛んでいきそうな体を抱き締めてくれる腕がいとしい。遠ざかっていく意識のなかで、しあわせだと心が叫んだ。




「あー……」
目を覚まして昨日のことを後悔するなんてそんな駄目な大人みたいなこと、まさか自分がするとは思わなかった。喉は痛いし体は重いしお腹が痛い。今日も戦闘はできないだろう。エドナに何を言われるか分かったものではない。
朝の空気は澄んでいて、その分自分が嫌になる。頭を抱える僕の横でスレイは幸せそうに眠っていた。腹が立つがそっとしておいてやろうと思う。それはいいとして、デゼルには後で謝らないといけない。
「なんだかとても悪いことをしてしまった気がする……」
流石にあれは、薬だけのせいにするのは無理がある。きっぱり断ればよかったのに。今でも違和感のある、僕の中に注がれたそれは本来なら子供を作るためのものなのに、無駄にさせてしまった。
「いや、練習になったと言う考え方はありか……?体の構造は違うだろうけど……痛!」
不意に軽く頭を叩かれて瞠目する。犯人は考えるまでもなくスレイだ。いつから起きていたのかひどく苛立った表情をしていた。思わず睨み付けると、更に頬をつねられた。痛い。加減されているのが分かるのが悔しい。
「何するんだ!」
「ミクリオってたまにすっごいバカだよね」
「蒸し返すなよその話を……!」
「そうじゃなくて、」
スレイは呆れたように首を振る。可哀想なものを見るような目をされて怯んでしまった。偽エリクシールの話ではなかったのだろうか。でなければなんだというのだろう。
「オレはミクリオが好きだから。諦めて」
「諦める……?」
スレイにしては変な表現だ。好きだから好きになってくれ、という意味なのだとしたらそれはとてもスレイらしくない。良くも悪くもスレイは人の意見を尊重しすぎる男なのだけれど。
首をかしげる僕にスレイはううんと唸る。なにか良い表現がないか考えているのだろうが言葉を飾る才能はないのだからストレートに言ってくれないだろうか。
「諦めてオレのものになってってこと」
「……本気か」
諦めて、が気になるが言いたいことはなんとなく分かったのでそれは今はおいておく。それはつまり僕を選ぶということで、棘の道を歩くことを意味する。人間社会では完全に異端だし天族の僕は彼と同じ時間を歩めない。それでもいいと言うのか。
「ミクリオが好きだからさ。それにミクリオもオレのこと好きでしょ」
「……そういうの、真顔で言うなよ」
好きに決まってる。だから嫌だったのに。今さらどんな言葉を並べ立てたところで彼は聞いてくれないだろう。既成事実はできてしまったのだ。スレイでさえなければ犬に噛まれたようなものだと忘れられるのに。
息を吐く。深い深いため息になった。覚悟を決めなければ。たっぷり悩んで、出てきたのは陳腐な言葉だ。
「……苦労するぞ」
「大丈夫、幸せにする」
「浮気はするなよ」
「するわけないだろ」
知ってるよ。そんな器用な人間なら、きっとこんなに好きにはならなかった。どうしようもないくらいスレイが好きだから、一番幸せになってほしい。これは僕のエゴだ。そしてそれが出来るのは僕ではないのだと思う。
いつかスレイに他に好きな人ができる日がくるまでは、一緒にいたっていいだろう。もし彼を任せてもいいような、出来れば人間の女の子が現れたら潔く身を引くつもりだ。
その日が来るのがなるべく遠いといい、と思ってしまうくらいはまあ、許してもらえるだろう。
――なんて、そんなことを考えていたことがバレてさんざん鳴かされたのは、また別の話だ。



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