企画『こめかみに銃丸』様へ
学校の帰り道、夕焼けがきれいで、ひこうきぐもが楽しそうに浮かんでて、うん、何となくだったんだけど。
いつまでも鬼男が好きだよ。
隣を歩く彼にそう言ったら、あっこのままじゃ血が沸騰して爆発しちゃうな、ってくらい顔を真っ赤にされたので、鬼男はウブだなぁとつけ足した。そしたらお決まりのゲンコツがふってきて、加減のないそれのせいでタンコブができた。
「…いひゃい」
「アンタが馬鹿なこと言うからだっ」
「ええー、横暴だよ鬼男」
「そんなことない。ったく…よくもまぁ、そんな恥ずかしいセリフを…」
ブツブツ文句を連ねる彼であるが、何より恥ずかしいのは、そう言いつつ私の右手をにぎる君の左手だと思う。たぶんこれ無意識だからね。
「おーにお」
「…何ですか」
「だいすき」
「……」
「すきすきすきー」
「…うっせ。道でさわぐなバカ」
いいじゃん人も通ってないし。そう言えば鬼男はまた呆れた顔をして、でもなんだかちょっと顔を赤くして、私のほっぺに触れてきた。
「…じゃあ、僕が今からやることも文句言うんじゃありませんよ」
そう言って返事をする間も与えられず、キスされた。いつもよりちょっぴり長いキス。少し焼けた肌がゆっくり離れていって、目を開けたままにしてたら「…目ぐらい閉じろ」って怒られた。なので「わかったから、もっかい」ってお願いしてみた。鬼男はびっくりして、ちょっとためらって、だけどまたすぐ唇を寄せてきた。後頭部にまわった鬼男の手が、髪をなでる。大きな手と、優しいキスがきもちいい。
ああ、幸せってゆーんだよね、こういうの。
鬼男がいてくれて、幸せなんだ。
唇が離れて、目をあければ鬼男が視界いっぱいにうつって、幸せがふくれあがる。
「ねぇ、いつまでも鬼男といたい。いつまでも鬼男と生きさせてよ」
いつになく真面目に言ってみた。また「バカなこと言ってんな」って流されるかと思ったけど、意外にも鬼男まで真面目な顔になっちゃって、あーだのうーだの妙なうなり声をあげたあと、鬼男はちょっとまごついた声で言った。
「…いちいち言わなくたって、僕は最初からそうさせるつもりですよ」
ほっぺをかいてそっぽを向く彼に、何か言い返そうとしたら「電車間に合わないから行くぞ!」ってむりやり手をひっぱられた。そのまま二人で走りだす。ちょっと痛いくらいの力と、こけそうになる足。でも死んでしまいそうなほど、幸せ。幸せだ。
すき。
だいすき。
いつまでも、いつまでも、この手を離さないで。あなたの傍にいさせて。だいすき、だいすきだよ。
だから私は走るよ。
走って
走って、
そしてそこで、立ち止まった。
「どこにいったの」
どんなに見渡しても、どこにもいない。わかってる、わかってるんだ。こんなこと、きっと馬鹿やろうって怒られる。だけどでも、ずっと一緒だって言ったじゃん。だから足が震えるけど、私は逃げない。逃げないよ。それが嫌なら、今すぐ出てきてこの手を引いて。でも無理でしょ、無理なら私がいくしかない。だってもうこの世界に用はないから。世界は変わってしまった。ううん、やっぱり世界は何も変わっちゃいないかも。
ただ、君がいないから夕焼け空がきれいに見えなくて、ひこうきぐもはただの白いかたまりになって、私は幸せを忘れてしまっただけ。
「待ってろ好きだ、ばぁか」
遮断機が最後、降りただけ。