「へえ、じゃあ石神様と知り合いになったんすか」
「うんそうなんだよね…あ、これおいしい」
「まじっすか!」
喜ぶ恭平は新作なんすよと笑う。一軒挟んだ隣の家は恭平の実家のちいさい団子屋。恭平は背は小さいけど度胸もあるし、団子作るのも上手いし、いいやつ。(お侍さんと普通に話せて凄いやつ。)
「でも石神様ってよくこの店来るのに知らなかったんすか?」
「え!知らない」
「たまに来るんすよ、夕方道場帰りにお友達と。奥のお座敷なんすけどね。ほら、普通はだめっすから、こういうところ」
俺の中の武士の印象が崩れ去っていく。石神様によろしく、と言われてから何故かそれがずっと頭の中でいっぱいで、ちょっと恭平に聞いたら知らない石神様が垣間見えて、余計に頭がいっぱいになる。仕方ないじゃないか、あんな顔されたら無碍になんか出来ない。
「会えたらいいっすね」
「勘弁」
なんでっすか!なんて大声で叫ぶからうるさい、とたしなめてから残った団子を自分の口に押し込んだ。当たり前だろう、恭平。いい加減気づけよ。






何となく数日が過ぎてしまってすっかり石神様のことは頭の隅だったのに、また隅にあった記憶は引きずり戻された。またふらふらと恭平の家に行かなければ良かったのに。
「あ、和己さん!ちょうどよかったっす」
「え、なに?」
「いまちょうど石神様来てるんですよ!ちょっと挨拶していってくださいっす」
「は、え!?」
ぐいぐいと引っ張る恭平を多少恨みつつ、連れて行かれた先にはお侍さんの四人組。
「こんにちは、」
にこっとまた天真爛漫に見える笑顔で石神さんが笑うと、他の三人は顔を見合わせる。
1人は見たことがあった。お得意先の、堺様のような気がする。でも他の2人は知らない。恭平が、堀田さまと丹波さまだと教えてくれた。
「そういえば、ここ家近いんだよね」
「は、はい」
「そっか。これからもっと来ようかな」
恭平は礼を言って喜んだけど、それは俺になにを言いたいんだろうか。笑った石神様のお顔は普段よりも余裕じみていて妖艶だった。寧ろ野性的だったかもしれない。初めて見た表情に肝が冷える。
「石神。だれ?」
「丹さんにやけすぎ。近くの呉服屋の息子さん」
「ふーん。」
「知ってる。清川屋だろ、」
「あ、はい。その通りです」
「へえ。堺さん呉服屋とか行くんだ。人に任せっきりだと思った」
「うっせ」
良くしゃべるんだなぁ、とまたお侍さんへの印象が揺らいでしまった。なぜこんなに頑なに保とうとするかは自分でもわからないが、なんだか足元を掬われそうで怖い。



「あ、俺そろそろ」
「堀田君付き合い悪いよ」
「あはは、すいません」
「大分日も落ちたな」
「恭平くーん!お勘定」
「はーい!ありがとうございました」
「和己くん、またね」
今度はちゃんと会いに行くから。そういって、笑った。この時からもしかして、自分は捕食されはじめていたのかもしれない。



緊張のさようなら