兄から手渡された反物は、価格としては中ほどであったが自分がよく気に入っていた染めのものだった。煌びやかさはなくとも、洗練されている色合いが、一番気に入っていた。
「これを石神様に届けてくれ」
「わかりました」
藍色の風呂敷に包んで店もとい家を出た。淀んだ空だった。




「すいません」
「はいよー…どちら?」
「呉服屋です、石神様。反物をお届けに参りました」
「おーありがとう」
中から出てきたのは石神様のご子息だった。このご子息既に三十を越えていて、それでも嫁を取っていない。大柄で剣の腕は立ち、しかし大らかで良い男であると武士家に仕える女たちが噂するお方だ。どうやら噂は本当らしい。そうでなければ、たかが町人に礼など言わないと感じた。
「お代は」
「頂いております」
この家には手伝いがいないのだろうか。武家のご子息がここで町人の相手も可笑しい気がする。
「いまねー夕飯の支度に出ちゃって手伝いの人いないんだよ」
「そ、そうですか」
「ちょっと話し相手になってくれない?」
大らかな笑顔は人柄がよく出ていた。
「は…はい!」
返事をすれば大きく笑った。思えばこの笑顔が忘れられない体験だったのだ。


石神様はなんとも武士らしくないお方なんだなぁと思った。話していることは剣の道場のことだったり、そこの仲間のことだったりしていて、武士の生活を送っているようだったのに。なぜ武士らしくないか。とげがなく大らかだからだろう。話の途中で玄関先では悪いかなと仰られたけど丁重にお断りした(少なくとも俺は家に上がり込むなど失礼きわまりないと思っていた)。話込んでいれば手伝いの女性も帰ってきて、それではそろそろ、と言うと外で雷鳴が鳴り響いて、夕立がやってきていた。
「あー降って来ちゃった。傘を持って行きなさい」
「走って帰れます」
「それじゃあ俺の気が済まないんだけど」
ほら、と石神様は傘を玄関で開く。俺は少し考えたけどご好意を無駄にするわけにも行かずに傘に入った。
「明日には返しに来ますので」
「引き止めてすまなかった」
「そんなこと」
ああ本当にこの人は噂通りに変わったお方だ。それでも暖かさが尋常じゃなくて、なんだか顔が赤くなりそうだ。
「失礼いたしました!」
「じゃあまたあした」


立派な傘が町人の自分に似合わなくて笑えた。




出会ってしまいまして




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