歩けど歩けど背中は遠くに居て、手をのばそうが声を枯らすほど名前を呼ぼうが躓こうが、止まる気配は一向にない。俺の声が聞こえるなら、いつもなら振り向いて普段見せない笑顔を見せてくれるあの人は、なにもしらないと、そう語るように歩みを止めない。ああ、これが終わりか。そう空気が言っている。なぜか風景はなにもない真っ白な世界で、ユニフォームの赤と黒だけが目が痛いように突き刺さる。一歩重たい足を出せば、あの人は三歩進んでいる。背中の二桁の数字が小さくなる。諦めたくなる。膝が地面についた。最後に声を張り上げようと、そう思って閉じた目を開くと。


さっきまで遠かったザキさんが隣で寝ている。小さいシングルベッドに相応しく、関節―膝、肘とかは曲げて丸まり小さくなっていつも寝ているが、今日はさらにザキさんの胸元で密着していた。これは寝やすいかも、とぼんやり感じながらザキさんを見た。俺の顔を物珍しそうにのぞき込んでる。
「悪い夢見てた?」
「…なんかザキさんが出てきて」
「なんで俺でうなされてんのお前は」
そう言って俺をあやすように背中をぽんぽんとやさしく叩く。空気の動きで、なぜ笑っているのがわかるのか。そこまでザキさんに近づいてしまった、それほど一緒にいるという結果の気がした。
「…呼んでも近づいてもザキさん遠く行っちゃうんす」
「…へえ」
随分と長く一緒にいるが、永く続く訳はない。この隣の熱がずっと傍らであやしてくれて、不安を溶かしてくれる訳がない。それこそ、不可能。いつかザキさんは俺の隣から居なくなる。それは死とかそんなもので離別しなくても、人の心が変わってしまえば簡単な事だと椿は思っていた。そんな自然の節理に何が不都合かと言われれば、自分の心が離したくないと叫ぶ事だった。
「だから起きたらザキさんが居て…良かったっす」
「そうか」
叩いていた手は今度は抱きしめる度に使われた。この手だって、いつかはまだ知らない人を抱く可能性だってある。椿は悲しいと思わなかった。永遠などないと知っていたからだった。そうだと知っていながら、ザキさんを引き留めるように服を引っ張っているのは、永遠を願った気持ちの現れなのかもしれない。







無常観




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テーマ「人外ファンタジー」
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