海に異国の船がやってきたらしい。たまたま手にした瓦版には大きな鼻で顔の恐ろしい異国人。それから、しばらくのこと。



相変わらず石神様のことは一向に忘れられない。ちょこちょこと顔を出すからだ。呉服屋にそんなに頻繁に用はないだろう、と思うけど追い返すわけにはいかない。やれ足袋だのなんだのと、ありがたいがこれでは。


「やー和己くん」
「…こんにちは」
「団子屋で話でもしないか」
初めての申し入れにぎくり、と体が強ばる。でも、なぜだろう。そんな屈託のない笑顔はいつも俺の考えなんか狂わせてしまう。






「達海さんという素晴らしい先生がいるって後藤さんって知り合いが教えてくれて、その人の話を聞いたんだ」
「へえ、そうなんですか」
「…それで武術は止めようと思う」
「…は?」
三色団子の上の桜色の団子にかじり付いたころ。そうだ、ちょっとそこまで、くらいの調子だった。なんて軽い。
石神様の剣術の腕が立つというのは有名な話で、石神様はとても強い武士だ。
「武術は通用しないと思う」
「し、しかし…」
意味がわからない、というのが俺の率直な感想だ。石神様と言わずとも、普段から武士の仕事は武術と政治だと決まってる。ましてや、あまり政治にも関わらないあまり上等でない武士が武術を止めてしまったら。それは想像もできないし意味がわからない。
「あんな鉄の塊は、俺の腕っ節なんか赤子みたいに捻ってしまうよ」
鉄の塊。かの黒船と異人達のことだというのは直ぐにわかった。誰もが、あれとどうこうするには太刀打ちできないと考えているのが打倒だと思っていたけれど、武士である石神様から直接聞くとどうしても納得が行かなくなってしまう。本当に、無理なのか。
「では…その、出家とか」
「しないよ。仏に拝んだところでどうにもならないし。」
「では、どうするのですか」
「しばらくはどうもしない。尊皇攘夷にも興味はないし、急いては事を仕損じるなんてこともあるし」
どうもしない。驚いた。どうもしないのか。一気に訳が分からなくてぐるぐる石神様の言ったことが頭を回るけど整理ができない。
「えっと…それをどうして私に」
「ん?知っておいてほしかったからだよ。俺のこと。」
ふふふ、ってそんな笑い方されても、こんがらがった頭には悪影響で。いたずらなそんな台詞を反復して考え始めたのはまた数日後になってしまった。


それから、しばらく石神様は姿を見せなかった。










第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -