コートに着いて、一人で黙々とネット張りに勤める。
シングルスポールでネットの高さもしっかり確認してからひとつひとつ終わらせて行く。




「…神田さん、おはようございます」
「…柳生先輩、おはようございます」 
「朝からありがとうございます」
「いえ、仕事の内ですから…あ、ここのコートは使えますよ。ボールも用意しておきました」
「…ありがとうございます」



わたしが思うに、柳生先輩はこの部活の中で一番ストイックだ。
あの副部長でさえ朝は制服で来て、部室でジャージに着替えてからコートに来るのに柳生先輩はジャージで登校してそのままコートに入る。
だから実質誰よりも早く練習を始めているのが柳生先輩なんだ。

あまりにも毎日朝練の時間よりも早く来て自主練をするので、わたしが勝手に作った柳生先輩セットというものがあるほどだ。
ただのボールの入ったカゴとコーンとドリンクをベンチに置いておくだけなんだけど。
律儀に先輩は毎朝わたしに挨拶をしてからお礼を言って練習を始める。



すべてのコートのネットを張り終えてから先輩のボール拾いを手伝う。


今日はサーブを練習するようでびゅんびゅんと速いサーブが向かって来る中ボールを拾い集める。
少し怖いし危ない時もあるけど下だけに意識を集中させなければ滅多に当たる事なんてない。
途中で柳生先輩のサーブがコーンに命中したのでずれたコーンを直してからカゴにボールを入れに行く。




「ありがとうございます」
「いえ、気にしないでください」

「ボールくらいわたしが拾うのであなたはご自分の事をなさってください。何も手伝う事はないのですよ」
「仕事はもう終わりましたから大丈夫です」 
「それに、ボールが当たったら危険です。あなたは女性なのですから」



この会話もわりと頻繁にやっていると思う。
申し訳なさそうに毎回断ってくるが本当にわたしにはもうやる事がないのだ。
それは何度も伝えたはずだけど先輩はわたしが無理して手伝っていると思っているらしい。
紳士紳士。



「じゃあ、一回でもボールが当たったらやめますね」



そう流してまたコートの反対側に回る。
このまま押し問答していても先輩の練習時間が削られるだけだもんね。



ちなみにまだ副部長は来ていない。
いつも柳生先輩の次に来る人は決まっている。



仁王先輩だ。




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