入学して、入部して、瞬く間にテニス部だけではなく学校のアイドル的存在にまでなっていった彩音ちゃん。
中学時代は女子を全くと言っていいほど近づけなかった男子テニス部レギュラー陣にあっという間に気に入られ、彼女は「立海のお姫様」と称されるほどに愛されていた。

お姫様、と称されるのは何も外見の事だけではない。
彼女は何をしても、何もしなくても許されるのだ。
お姫様のように、わがままを言っても、教えられた事が何もできなくても。
彼女がなにか言葉を発する度にレギュラー陣が従者のように付き添ってお姫様の所望する事を叶えてあげるのだ。


でも、でもいい子なんだよね…!
いい子だから皆あの子が好きだし、女の子たちも遠巻きにはしているものの大嫌い、とかいじめちゃお、とかそういう事を言ってる子はわたしの周りにはいない。
それに何もやらないじゃないんだよね。
やろうとはしてるんだよね…。
ただできないだけで。
それでも



「彩音、こっちに来て見ていてくれるかな」
「はあい!今行きます!…っわあ」
「彩音!」
「あ、えへへ、つまづいちゃいました!助けてくれてありがとうございます、精市先輩!」
「いいけど、これからは気をつけるんだよ、いいね?」



この花開くような笑顔が全てを帳消しにしているに違いない。
わたしも超可愛いと思う。
それに加えて、彼女には一つ、とんでもない能力がある。
ドリンク準備も、洗濯も、掃除も出来ない彼女だけにできる事が。




「…ふぅ、」 
「あ、ブン太先輩ランニングお疲れ様です!」


「赤也くん赤也くんあのね、」


「雅治先輩!今のとってもかっこよかったです!」




選手の癒しとなる事だ。
…いやほんとうに。
彩音ちゃんがいる時といない時とでは皆精神面に違いが出てきていると思う。
なんていうか、彩音ちゃんに褒められようと頑張ってるからさらに練習の成果がでる、みたいな。


高校に入ってからスコアを付けるのは彩音ちゃん、それ以外はわたし、と簡単に言うとそう自然に分けられた。
最近ではもはや先輩たちを観察がてら応援していることが彩音ちゃんの仕事になりつつある。
どっちかというと応援が本業らしく、スコアはわたしが見直して記入ミスを直している事は誰も知らないし、言うつもりもない。



全ては彩音ちゃんが一人で完璧に仕事をこなす事ができると周りに認識させ、わたしが退部できる状態にするため。
このまま彩音ちゃんに仕事を全て教え尽くしてバスケ部に入部し直すことは困難だ。
なので周りの認識を変えて行けば…。
彩音ちゃんが仕事できる、と思われるようになったら徐々にわたしの仕事を減らし、徐々に徐々に存在を消して行く作戦だ。


それほどわたしはバスケ部に入りたいんだ。



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