the point which arrived
彼女がこの部屋から出て行ってからしばらくの間、わたしは何も考えることができなくなっていた。
いつも夕飯を食べているはずの時間はとっくに過ぎているのに食欲はわかない。
ソファに座ったまま動く気すら起きない。
確かに最初と比べて馬鹿みたいに笑ったり出かけたりすることは少なくなった。
でも、好きじゃなくなったとかじゃなくて落ち着いてきたんだと思ってた。
ねえ、それは違ったのかな。
蔵ノ介は、後藤ユキちゃんに惹かれているのかな。
最近帰ってこないこととか、わたしに対して後藤ユキちゃんの事を弁解しない事とか、考えれば考えるほど辻褄はあってくる。
「散歩行こ…」
のそのそ立ち上がり、携帯と財布をポケットにいれて外に出る。
時刻は10時をまわり、どちらかと言うと11時に近かったがとにかくなにも考えずにいたかった。
電灯がちかちかしてる公園も、すっかり電気の消えた図書館も、全部蔵ノ介との思い出がある。
…元彼を思い出してるみたい。
付き合ってるはずなのに。
夜は寒くて、薄着で外に出た自分を後悔しながらコンビニに入る。
…ここだって休みの日の朝、朝ごはんをつくるのがめんどくさくなって蔵ノ介と来た。
わかってたけど、わたし蔵ノ介のことまだ好きじゃないか。
あっちが別れる、と言ってきたらまた考えれば良い。
先延ばしの結論だけれど、そう思ってしまったら気分がいくらか晴れた。
もう日にちをまたぎそうだし、そろそろ帰ろうかな。
「…だだい、」
「藍!」
あ、鍵もかけずに出てしまったんだ、とドアを開けると、外に出ようとしていた蔵ノ介がいた。
帰ってきたんだね。
夕飯も何も用意してないけど…流石にこの時間じゃ食べないか。
ぐいっと腕を引かれて、え、と思った時には暖かい腕に包まれていて。
この場には蔵ノ介とわたししかいないのだから誰がやったのかなんて考えるまでもない。
「こんな遅くまで…どこ行ってたんや」
「ごめん、ちょっと、散歩に…」
「そか、心配した」
すぐに腕を離して部屋に戻って行く蔵ノ介。
ソファにどか、と座って顔を手で覆った。
はあ、と大きくため息をついているのを聞くと申し訳なくなってきた。
「鍵もかけずに、ごめんね」
「おん、次からは気をつけるんやで、それから着信にも気付けるようにな」
「うん、ごめん」
もうええって、とこっちを向いて笑う。
なんか、元気ない?
そんなに心配してくれたとか…?
いや、それは…無いと思う。
さっきの事が無ければ嬉しいのかもしれないけど…
…あ、
「鍵かけないのは迂闊だった」
「もうええって」
「盗みにはいられて、そこからばれたら大変だもんね、本当にごめん」
「…は、」
もし入られたら蔵ノ介がここに住んでることも、わたしの存在もばれてしまう。
びっくりしたような顔でこっちを見る蔵ノ介。
そんなことも気づいてなかったのか、ってことかな。
ほら、また顔を伏せちゃったし。
ごめんってば。
頭の悪いしょうもない女だと思われたかな。
これからは気をつけるから。
だから、まだ彼女でいたいの。
20121205
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