It cannot be.
今大人気のモデルからタレントになった女優さんと蔵ノ介がスクープされてから、早数日。
メールがあった次の日に蔵ノ介は普通に帰ってきて、何も言わずにシャワーを浴びて寝てしまった。
弁解が欲しかったわけでは無いけれど、少し寂しさというか、何とも言えないもやもやが胸に残った。
そのまま、蔵ノ介は早い時間に起きて仕事に行ってしまったわけで。
ああ、これはあながち事実無根というわけじゃないのかな、なんて思ったり。
あれ、わたし女優だったっけ?
今って撮影してるの、これ。
「…蔵ノ介さんの、彼女さんですよね?」
「はあ、」
「あの、話があるので部屋に入れてもらえますか?」
「あ、どうぞ」
「外で見つかると大変なんで」
「はあすいません気が付かなくて」
「仕方ないですよ、この世界の人じゃないんですから」
これが修羅場か。
まさかこんなこと、あるんだ…。
ドラマの中でしかないかと…。
目の前の小柄でおどおどした態度とは裏腹に意外と大胆なことを言う女の子が、この後何を言うのか。
…なんとなくわかっちゃったなあ。
「あの、わたし今日言いたいことがあって」
「はい、あ、お茶どうぞ」
「ありがとうございます」
ぺこ、と頭を下げて両手でコップを持ち少しずつ飲む彼女は確かに可愛らしかった。
そ、と音を鳴らさないようにコップを置き、今度こそと言うように目を合わせられた。
「わたし、蔵ノ介さんが好きなんです」
「…」
「あなたもテレビ見ましたよね?…言いにくいことなんですけど、そういうことなんで…蔵ノ介さんと別れてほしいんです」
本当にはっきり物を言う子だなと思った。
言いにくいとか言いながら淀みなく言い切った。
…それほどに、蔵ノ介の事が好きなのか、それとも本当は言いにくいとも思わないような子なのか。
「私達は事務所からも容認されているんです。だから、別れるか、蔵ノ介さんにばれないようにどこかに行ってください…!私達の、邪魔をしないでください…!」
ぽろぽろ綺麗な涙を肌に滑らせていく。
…ああ、何だかわかった気がする。
考えれば考えるほどにわたしが悪者な気がする。
寝るためだけに帰ってくるような家にいるわたしと、スクープされるほどに一緒にいた彼女。
どちらが本命かなんてすぐにわかるじゃない。
…わたしは、蔵ノ介のこと今でも好きなのになあ。
身を引くしかないのかな、
「はあ、」
その日はなんとかその子を宥めて帰らせた。
帰り際に言われた、なんだかとっちゃったみたいですいません、という声がやたら耳に残った。
20121012
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