He could notice, if caught.







一種の賭だった。
藍が俺のCDを買ってくれて、聞いてくれるかどうかの。
今回歌を出させてもらうに当たって、マネージャーからカップリングの方は俺自身が作詞してみないかという提案があった。

チャンスかもしれない。

どこに行ったかもわからない、連絡もつかなくなってしまった彼女に俺の思いを伝えるチャンスだと。
厳しいスケジュールだから無理ならばやめた方が良いという助言も聞かず、やります、とすぐに返事をした。
一人の時間なんかあるくらいだったら仕事をしていた方がましだ。
藍を忘れられる時なんてきっといつまで経っても来ないし、忘れる気も毛頭ない。
でも、一人の時間にふと脳裏に浮かんでくる藍は今の俺には酷すぎる。
家に帰る度に藍のいない現実を突きつけられているようで気付けば家にも寄り付かなくなった。
ただ空虚な日々を埋めるために仕事をひたすらこなす。
藍がいなくなってからずっとそうとしか考えられなくなっていた。

当たり前だった、あまりにも大きすぎる存在が俺の生活から急に無くなった。
当たり前だったからこそ、気づかなかった。
気づいた途端、俺の手からすり抜けて行った。
ありふれた恋愛ドラマやラブソングで身の前が真っ白に、とか生活から色がなくなるような、とか、そういう表現を正直大げさだと思っていた。
藍を失って、大げさなんかじゃないと気付かされた。




「藍…」




俺の、今思っていることを書くだけだから思いの外早く作詞は終わった。
失恋ソング…か?珍しいな、とマネージャーには言われ、作曲の方には良い詩を書きますね、ととってつけたように褒められた。
表面上は俺失恋してもうたんですわ、とか本当ですか?ありがとうございますーとかへらへら笑って応えていたが内心早く世間に発表したいとそわそわしていた。












次の仕事まではまだ時間がある。
楽屋で椅子に座り、膝に肘を置き額に手を当てる。
はあ、と無意識にため息が漏れる。
出させてもらった音楽番組ではもちろんドラマの主題歌を歌った。
それとなくもう一つの歌も歌いたいと意見してみたがそれが通ることはなかった。
先週発売されたCDの売り上げは上々らしい。
オリコンでも一位を獲得したと教えられた。
藍は、藍は買ってくれただろうか。
この際買わなくても良い、聞いてくれればそれで良いのだ。

はあ、もう一度口から息がこぼれる。
瞼を閉じるとそこに浮かぶのはやっぱり藍で。






なんであいつ寒い時期に散歩行きたがるんやろ
暦上は秋かもしれんけど夜は冷え込むから気をつけなあかんって


一緒にスーパー行った時もやたら薄着やったな
あいつマフラーまともに巻けんからな
ネックウォーマーでもプレゼントしてやりたかったな

少し強引に手を繋いで歩いて、公園で遊ぶ子供を見ていつかは藍と、と漠然と思ったんやで、お前知らんやろ




上京してきてから藍が最初に気に入った場所は俺たちの家からそう遠くない公園だった。
春になるとそこの桜がぶわ、と咲き誇り、 それを見たいがためにやたらスーパーに行った。
桜が咲いている間、俺が仕事から帰ってくるとよく藍がその公園で桜を見上げながら突っ立っていることが多くて、俺は少し怒って注意しながらも嬉しく思っていた。





俺たちが付き合い出したのも春だ。
進級して、クラスが離れてこれはマズイと思って校庭の桜の木の下で俺から言った。
恥ずかしそうに頷く彼女の頭に桜の花びらがはらりと落ちてきて、二人で笑った。










なあ、もうじき桜が咲きそうやな。

お前は今年も夜になってもあの公園で俺を待っててくれるか?










そこまで考えて時計を見る。
もうそろそろ準備を始めなければいけない。
ちょうどマネージャーが扉を叩いてきたので入ってええよ、と返事をする。
ちょっと話があるから来い、と言われ疑問に思いながらも腰を上げた。



「…っ…」
「…!?おい、白石!?白石!!」






そこからの記憶は、ない。







20130225







prev next





人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -