3時間目の数学がやっと終わって一息つく。
よかった、授業内容は同じくらいのところをやってて。
でもゆっくりしている場合じゃない。
早く教室から出て行かなくちゃ。
数学のノートも教科書も広げたままで小走りにドアのところまで向かう。
「藍先輩!どこ行こうとしてたんすかー?」
「え、あ、切原くん…」
「赤也って呼んでくださいっていつもいってるじゃないすかー!」
まあそんなところも好きなんすけどね!と笑いながら腕を引っ張られて仁王と丸井の所まで連れていかれた。
そこには立海のテニス部レギュラーが全員揃っていてわたしを見ると次々に話しはじめた。
普通の女の子なら喜ぶのかもしれない。
だってうちのクラスの窓から他のクラスから来たんだろう女子がたくさん覗き込んでるんだから。
しかも、さっきはわたしの名前が呼ばれた。
それも様づけで。
「(いわゆる、逆ハーってやつ?)」
友達が読んでた夢小説の王道設定ってやつだ。
『女の子なら皆憧れる、かっこいい男子に挟まれて幸せな学園生活を送る』
確かに、楽しいのかもしれない。
普通なら。
「(でも…)」
彼等はどこを、誰を見ているのか。
昨日の話やこの前わたしとどこどこに行ったときの話をされる。
あったはずの無いものを本当にあったように話す彼等に、わたしは何も言えないまま過ごすのだ。
「あーやっと昼だー!」
「ブンちゃんずっと腹鳴ってたのう、聞こえてたぜよ」
「仁王うるせいよい!なあ、藍、屋上行こうぜ!」
「わたしはいいよ」
「だあめ!強制に決まってんだろい!」
また手を取られて足早に連れていかれる。
仁王がお弁当を持ってくれているらしく、安心しんしゃい、なんて言ってくる。
「きゃあ!藍さんとテニス部が一緒に歩いてる!」
「本当だ!いつ見ても絵になる光景よね!」
「ねー!あんなに可愛いのに気取らない藍さんも素敵だし、天然な藍さんを守るテニス部レギュラーもかっこよすぎー!」
きゃいきゃいとそんなことを話しているのも聞こえた。
いつ見ても?
天然?
そんなのわたしじゃない。
周りを見れないで自分の上履きを見ながら歩いていると藍は相変わらず照れ屋じゃの、と言われた。
流されるがままに屋上に着くとそこにはテニス部レギュラーしかいなくて、わたしはそこに当たり前のように入ってお弁当を広げた。
「藍さんのお弁当は今日も美味しそうですね」
「いいよなあ、藍ん家のはいつもいつも」
「藍先輩!その卵焼きくださいっす!」
「ふふ、赤也、何言ってるんだい?藍、俺にくれるだろ?」
誰もあげるなんて言ってないのにここまで騒げるなんて。
掻き込むようにしてお弁当を食べ、教室に先に戻ってる、と言えば何でだ、と理由を求められた。
幸村も真田もそれを止めずに見ているだけだった。
「赤也、仁王、丸井、困っているだろう、それくらいにしておけ」
凜とした声が響いた。
見ればずっと黙って食べていた柳で、片付けをしながら制していた。
「藍と一緒にいたくて引き止めて何が悪いんだよぃ」
「そうじゃ、参謀だってそう思うじゃろ」
「用事があるんだろう」
あまり引き止めるな、と言った後でわたしはすかさずその場を後にする。
…まだ午前中なのに、もうこんなに疲れた。
「(早く目覚めて…!)」
誰もわたしを知らないのに知っているこんな所になんか、もういたくないの。
皆の目が、真っ黒なんだ。
ただの日本人の黒さじゃなくて、奥の奥までただ絵の具の黒で塗り潰しただけみたいな黒。
気持ち悪い、気持ち悪い。
わたしはきっと異物だ。
でもそれ以上に、彼等は、この学校の皆は、いや、あるいはこの世界は、
―――異常だ。
20120711