「わたし、この夏バイトしようと思うんだ」
「…」



一緒に帰っている途中にこの夏の意気込みをカズヤに語ってみた。
わかってはいたけど…視線を少しこっちに寄越しただけで何にも言わない。
一言くらいコメントしろや!



「…お前には無理なんじゃないか?」
「な!失礼だねカズヤは。だからそんな目つきになっちゃうんだよ」



言った後で気づいた。
わたし、とんでもない事言った。
ダッシュで逃げようとしたらワイシャツの襟を掴まれて阻止されてしまった。



「…」
「ぎゃー!本当にごめんなさい!許して!でもわたし知ってるんだからね!前行った合宿で中学生に『死にたいのかい?』って言ったんでしょ!その目つきで言われたらわたしだったらもう登校拒否だよ!」
「そんな事言っていない」
「嘘だ!入江先輩が言ってたもん!先輩は嘘つかないよ!」
「(洗脳されてる…)」



バタバタもがいていると頭上で盛大にため息を吐かれた。
すっと襟から腕を離してそのままつかつかと歩きはじめたカズヤを慌てて追う。



「待ってよ!カズヤとわたしはコンパスの差があるんだから…」
「…で?何でいきなりバイトを始めようと思ったんだ?」
「え、それはー…お金足りなくて…」
「そんなに足りないのか」
「いや、そういうわけでは…あと、憧れてたし…」
「バイトにか?」
「うん!そこでかっこいい先輩がいて恋に落ちちゃったりとかー!」
「駄目だ」
「え?」
「バイトは、駄目だ」



今度はわたしの腕を掴んで立ち止まって言い放った。
え、え、どういうこと?



「…どうしてもというなら、俺もやる」
「いや、無理でしょ、遠征あるじゃん」
「…なんとかする」
「なんないわ!」



盛大に突っ込むと目線を左下に反らされる。
すごい考えてるみたいだけど…



「なんでそんなにバイトしたがるんだ」
「いや、金欠なんで…」
「何をそんなに買ってるんだ」
「…男の子にはわからないだろうけどね、女の子には常にときめきが必要なわけよ。で、わたしにとってのそれは漫画なわけ」



いくらあっても足りなくなっちゃうの!と恥ずかしさを我慢してカズヤに言った。
うわーオタク発言しちゃったー。
絶対何言ってんだこいつって思ってるよ。
だって凄い目してるもん。


次の瞬間、掴まれていた腕をぐっと更に引っ張られた。
腕を掴んでいた手は腰に回ってもう片方は肩にぐるっと巻き付いていた。



「(ち、近!)」
「それなら、俺が供給してやる」
「え、カズヤ…」
「なまえを、他の男のところになんか行かせない」
「ね、カズヤっ」
「俺が、満足させてやる」



くいっと顎をあげられて、そのまま被さるようにカズヤの唇が降ってきた。



「好きだ、なまえ…」
「(供給多過ぎて死ぬー…)」



…バイト出来ないかも。




20120717

正しくは「死にたいのかい?」じゃなくて「帰りたいのか?」です。
入江さんは正しく伝えましたがヒロインが曖昧に覚えました。





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