私のアパートの隣の部屋にはなんだか不思議な人が住んでいる。


毎朝決まった時間に家を出て行くから、ちゃんと仕事をしているだろうとは思う。
私は一生買うことは無いであろうセンスの帽子をかぶって飄々と歩いて毎日出勤している。

ほら、今日も。




「おはようございます!」
「おはよーさん」




へら、とわらう彼、渡邊さんは朝から元気やなーコケシやるわーと言ってくるけどまあコケシはいらないかな。




「へへ、いりません!」
「そんな生意気言うてー…もう残念やなあ」



全然残念じゃなさそうにそう言ってまたへらりと笑う。
きっと個性が強すぎてまとまらないらしい彼の生徒たちにも拒まれ続けているんだろう。



不思議というか、変というか。
そんな空気を纏ったお隣さんを私は別に嫌いではなかった。



お互い連絡先を知ってるわけじゃない。
会う約束をしてるわけでもない。
だから会うのはたまたま家を出る時間が重なった時か、ゴミ捨て場だけ。

それなのに自分で言うのも恥ずかしいけど、渡邊さんは可愛がってくれてるとおもう。


やっと大学生になって、一人暮らしを始めて大人になったような、でもやっぱり自分の家が恋しくなってさみしくて仕方ない私にはそんな存在は嬉しくて。

年の離れた兄のような、そんな安心感を抱いていた。







▽▲▽



まさかこんなに帰ってくるのが遅くなっちゃうとは…。
終電には間に合ったけど、明日は朝から授業が入ってる日だからそっちに間に合うか…。
きっと寝過ごすなあ。


真っ暗で人通りの少ない道を一人で歩く。
かつ、かつ、と自分の歩く音しか聞こえないのが恐怖心を煽ってくる。
はやく家につかないかな。
無駄に電柱からこの世の人じゃない人が覗いてくる想像をしてしまったりして余計怖くなる。

次第に早歩きになって、何事もなくアパートにたどり着いてほっとした。




音を鳴らさないように階段を上がって、自分の部屋の鍵をバッグから出そうとしていた時。



「なまえちゃん?」
「!…あ、渡邊さん…こ、んばんは」
「えらい遅いなあ、友達かー?」
「あ、はい、ちょっと盛り上がっちゃって」
「夜は危ないんやから、早く帰ってくるように気をつけなあかんで」



扉を半開きにしたまま声をかけてきたのは渡邊さんだった。
すごくびっくりしたけど、わざわざ出てきてくれたのかと思うと嬉しかった。




「そうですね、さっきもお化けのこと考えてたら少し怖かったです」


今日満月だから、狼男とか、と続けるといきなり渡邊さんの眉がぴくっと動いた。



「…お化けもやけどなあ、」



扉から顔を出していた渡邊さんが開けて私の前まで歩いてきた。
あ、スウェットで寝てるんだ。
でもいつも緩い格好してるからそんな違和感ないかもー…とか言ってみたり。



「渡邊さん?」
「人も狼になれるんやで?」



こんな風にな、とわたしのこめかみに顔を押し付けてきた渡邊さん



「えっ…!?」



ぐい、と唇で私の髪を少しかき分けた後、耳のあたりでリップノイズを響かせてすぐに離れて行った。



「そんなんじゃすぐにぺろっと行かれそうやなあ」




ほどほどにな、といつものお兄さんのような渡邊さんに戻ってさっさと部屋に戻る彼に対して、私は耳を押さえたまま立ち尽くすしかなかった。






20140314


たいへん長らくお待たせしてしまって申し訳ないです…!
おさむちゃん、確かに見ませんね(笑)
自分で書いてみるとやはり難しいし、どう喋らせても、ん?となってしまいましたので開き直ってしまいました(笑)
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