また奏が新しいシングルをリリースした。
それの宣伝としてまたメディアへの露出が増えて。
今回は初回盤を買った人へのイベントもやるらしい。



「トキヤー宮原奏またシングル出したねー」
「…音也、その手に持っているのは」
「ん?話題のCDだけど。宮原奏の」



新曲は知っていたけれどイベントを知らなかったトキヤ。
これから買いに行こうか、と一瞬考えるもその日がオフである確証はないのでやめておいた。
そもそも自分は奏に会えるのだから。


「あ、奏出てるよ!髪の色変えてる!」
「本当ですね」
「奏くん、可愛いですよね」
「そうか?どちらかというと可愛らしいよりは…」
「もちろん翔ちゃんも可愛いですよー!」
「や、やめろ那月ー!!!」



バラエティで話を振られて快活に話し始める奏と笑う観客。


「(あ、今のは)」


作り笑いじゃない、本気で面白かった時の笑い方ですね、心の中で思う。



「そういえばさっき楽屋に入っていったのを見たよ」
「本当ですか、レン」
「ああ、本当さ。ってイッチーどこ行くんだい?」
「…時間までには戻ってきます」
「いってらっしゃーい」



近くにいるのを知って、何故か会いに行かなければと思った。
レンに楽屋の位置を聞いておかなかったことを思い出し眉をしかめたが適当に探り始めた。

そして見つける。



「……!!………、…!」
「……、…」
「………!!!…!」



怒声が響く部屋の扉に貼られる宮原奏の文字を。

不審に思ったトキヤは部屋の前で不躾だとはわかりつつも耳をすませる。
そしてこの怒鳴り声は奏が発したものではないと理解した。

じゃあ奏が怒鳴られている?



「この声はたしか…」


二人いる奏のマネージャーの一人、若い方ではなく早乙女さんと同じくらいの年の人の方だ。



「聞いているのか!?」
「…はい」
「…一ノ瀬トキヤと会って今更やめたくなったか」
「…」

「お前は違う。いいか、奏。お前は宮原奏をやめられない、逃げられないんだ」



また仕事が終わった頃に顔を出す、余計な事を考えるんじゃない、そう続けられた言葉にはっとしてトキヤは慌てて扉から離れ物陰に隠れた。
きちっとスーツを着込んで早足に部屋を出て行く男を見送る。

扉はまだ少し開いていた。



宮原奏をやめられない



それが何を意味するのかはトキヤには十分すぎるほどわかっていた。

扉を音を立てないように開ける。
トキヤには気づいていないようだった。



「…」
「…」


一人もくもくとテーブルに向かって何かを書いている。
トキヤがいつも見ていた、一人でも楽しそうに作曲する姿はそこにはなかった。
何の感情も表さずに、でも息苦しそうに紙に書き込んでいる。



「…あ、トキヤ…?」
「…!すみません、」
「…、ん?どうしたー?つかトキヤ局一緒だったんたな!」



一瞬でトキヤの見ていたいつもの笑顔になる奏。
奏の素だと、そう思っていた笑顔が今はこんなにも痛々しい。


思わず握りしめていた拳を奏の方に伸ばそうとするができなかった。





ああ、そうか。

やっとわかった。



宮原奏は



HAYATOをやめられなかった自分だ。




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