「は?マジ?」
「ええ、あなたはまだ聞いていなかったのですか?」
「うん初耳ーマジかー」






セットの一つである椅子に座ってくるくる回る奏にトキヤは意外だ、と思った。
芸歴は長い奏。
小さい頃から子役として人気を集め、普通なら来るはずの停滞期も訪れずに彼はこの世界で生きてきた。
最近はアイドル路線でなかった人でさえ歌を出していると言うのに、奏はそう言う事は一切していない。
本当に今まで演技と、その人柄だけで貫いて来たのだ。
ここまで素でアイドルとしての素質を持っている人も珍しいのに。
トキヤはそれを羨ましく思いながらも、それを恨めしく思う事は一度もなかった。




今、トキヤが奏に話したのはこのドラマの主題歌として二人で歌う事になった、という事で。
一応本業の一つではある歌に対してトキヤはああ、そうか、としか思わなかった。
それよりも奏はどう思うのか、なよ方が気になっていた。
だから嫌がらなかった奏に少し意外だったのだ。




「俺もついにおんがくデビュー?いえー」






適当な発音で喜んでるのかよくわからない奏は未だにぐるぐる椅子を回していた。




「奏は歌は得意なのですか?」
「んー別に嫌じゃないんだけどねー」
「そうですか」




あ、HAYATOの歌歌えるぜー?とトキヤが聞いてもいないのにおはやっほー!と歌い始める奏。
流石に椅子の回転は止まっていた。






「…!」






上手い、正直にトキヤは思った。
悔しいけれど、自分より。
ここまで歌えて、それで「嫌じゃない」程度?
この様子だ、きっと奏はボイストレーニングはおろか発声だって演技に必要な程度くらいしかしていないだろう。




「はーおまえこれ歌ってたんだよなーやべえ笑える」
「…奏は、上手いですね」
「そーか?」




奏は褒められたというのに、さして気にもとめていない様子でまた周りのものをいじる。
一通り全てを見終わったのかやっと台本を確認し始めた。
トキヤはもともと台本を読み込んでいた。






「うおーここで俺ら歌うんだ」
「ええ。だからその歌が」
「あ、そっかそれを主題歌にしちゃうんだねおけー。ふんふんへー」




この人は本当に…。
トキヤはため息をついた。
そして読んでいた台本を閉じて近くの机の上に無造作に置く。
もちろん昨日の夜にも読んでいたため中身はしっかりと頭の中に入っている。
そして椅子の背もたれにくたりと寄りかかり、手すりに肘をついて頬杖をした。
トキヤのその目線の先には奏が台本を読みながらおーとかへーとか耐えず何かを言っている姿が映っている。




宮原奏という男は。
テレビを通して見ていた奏は本当に存在するのかというほど、作られたキャラクターであるだろう、と誰もが思うほど外見も中身も非の打ち所がないような男で。
実際会ってみたら画面越しに見ていたその人そのままのような性格で。
なのに近寄り難くなどなくて。
仲良くなってみれば奏も同じ人間なのだと深く実感した。
いきなりオチの無い話をしてみたりめんどくさいからといって制服を適当に着ていたり。
少し猫のように気まぐれな所もあった。




まるで…音也のようだと思った事もあった。
学生時代、トキヤに無いものを持っていた彼に。
トキヤは彼より秀でている自信があった。
でも、どうしたって音也に勝る事ができないという確信もあった。
そんな彼に、奏は似ていると。






「(…いや、違う)」






音也じゃない。
確かに似ているけれど、違う。
もっと他に似ている人がいる。
トキヤはふいにそう思った。




そしてわかる。


奏は、HAYATOに似ている、と。
しかしそう思ったところで腑に落ちないトキヤは眉間に皺を寄せる。
未だ視線の先には奏がいた。


HAYATOと音也、何が違うのか。


明るさ?
いや、違う。


キャラ?
いや、それも違う。


歌?
そんな具体的な事ではない。




もっと、内面的な。
確かにHAYATOはトキヤの、そして周囲の要望が全て詰まった存在だった。
そして奏も、トキヤの理想に限りなく近い。




でも、HAYATOは作り物だ。


…奏は、








「…つく、りもの…?」






思わず呟いた超えは奏には届いていなかった。
トキヤは頬に置いていた手を額にあてた。
奏が、HAYATOと同じなわけがない。
何を言っているんだ。
奏があのままだから、自分は奏を尊敬していて、


その後が続かなかった。


困惑し続ける思考を打ち切るように撮影再開の声が響いた。




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