『さびしい』なんていったら、迷惑だよね
5月20日。
今日から弥彦くんは一週間泊まり込みの出稽古にいく。
一緒に働き始めて、もう6年になるけど、やっぱり、慣れない。どうしても、寂しくなるの。
出発の日にお弁当を作るのは、いつからだったか、もう決まり事になってしまった。
「弥彦くん、」
「おぅ、燕。いつも『サンキュー』な」
「うん」
私が部屋に入ると、荷造りの途中だったらしく、数少ない弥彦くんの私物があちらこちらに置いてあった。
由太君に教えてもらった、『サンキュー』と言う英語が気に入った弥彦くんは、最近よくその言葉を使う。
私もやっとその言葉に慣れてきた。
「すごいね、弥彦くんは」
「あ?」
『何が』と弥彦くんが首を傾げて私を見る。
「初めて会ったときは私よりもちっちゃかったのに、今はもう私よりおっきくて、すごく強いし、かっこいいもの。」
そう言うと、弥彦くんは少し照れて目をそらしながら、『男なんだから当たり前だろ』と言った。
「でもね、それに比べて私は…何も成長してないの。あの頃と同じで、ひとりじゃ何もできない…」
「んなことねーよ」
突然言葉を遮られ、驚いて弥彦くんをみる。
「お前、泣かなくなったし、オドオドビクビクしなくなったし。燕だって強くなったと思うぜ。それに…」
弥彦くんは、また少し頬を染めて、目をそらした。
「なんか、すげー女らしくなったっつーか、綺麗になったよ。」
「え…?」
もう真っ赤になった弥彦くんにつられて、私も顔が赤くなる。
「あと、」
いいながら、弥彦くんは私に背を向けた。
「出稽古とかでさ、もうどうしようもなく疲れたときとか、イヤんなったりするときがあるんだよ。
でもな、帰って来たとき、いつもお前が飯作って待っててくれて、笑顔で『おかえりなさい』って言ってくれるだろ?
だから俺、頑張れるんだよ」
その言葉を聞いて、思わず涙があふれてくる。
「お、おい!燕!?」
弥彦くんの焦った声が聞こえる。
「…っ、ごめんね。なんでもないの…ただ…嬉しくて…」
「な、何だよ〜、びっくりさせんなよ。」
と、いう弥彦くんにとびっきり笑顔を見せた。
「じゃあ、行ってくる!」
「行ってらっしゃい!」
私だんだん小さくなっていく弥彦くんを、見えなくなるまで見送った。
(さびしい、でも)
私は笑顔で見送る。あなたが頑張れるように。
君に言えなかったことがある
さびしい / 君にそばにいて欲しかったこと
END
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