「…それでさ、薫の奴が転んで、剣心が作った飯をぶちまけちまったんだぜ?」
神谷道場の縁側に座り、不機嫌そうに話す弥彦に、燕は控えめに笑った。
冬の寒い日だったが、2人の心はポカポカと暖かかった。
「2人は仲がいいでござるな。」
「「剣心(さん)!」」
洗濯物を干しながら、剣心はニコッと笑う。
「話ができる友人がいるというのは、いいことでござるよ。」
「そうそう。」
上から降ってきた声に、2人は顔を上げた。
「左之助!」
背が高い男と、その横には、長い髪を一つに結った女が立っていた。
「薫さんも!」
「燕ちゃん、いらっしゃい!」
『今お豆腐屋さんから帰ってきたのよ』と、薫は笑った。
「燕ちゃんが来てくれて良かったわ。弥彦ったら、燕ちゃんの言うことはちゃんときくもの。」
「はぁ!?お、おい、薫!何言ってんだよ!」
真っ赤になる弥彦を、ニヤニヤしながら、薫と左之助が見つめる。
「だってよ、お前にとって、この小さい嬢ちゃんは『特別な人』だもんなぁ〜?」
「さ、左之助、何言ってんだテメー!ぶっ飛ばすぞ!」
「あらら〜?耳まで真っ赤よ、弥彦ちゃん?」
薫と左之助にからかわれ、弥彦は真っ赤になりながら、ムキになって言い返す。
燕は意味がよくわからないらしく、キョトンとしていた。
「大体、俺は別にこいつの事なんか…!」
「意地はんじゃねぇよ、素直に認めろ!」
言い合いをする三人を、剣心は『おろ〜』と、困ったように見つめる。
「…うっせぇ!俺はこんな奴好きじゃねぇよ!むしろ嫌いだ!こんな弱虫で、すぐ泣く、──「弥彦っ!」
薫の声に、弥彦はハッとする。
恐る恐る振り向くと、燕は傷ついたような表情で、弥彦をみていた。
「つ、燕、ちが「ごめんなさい!」
弥彦の言葉を遮り、燕は泣きながら去って言った。
「ちょ、ちょっと弥彦!何てこと言うのよ!」
「だって、お前らが…」
薫と弥彦が、青い顔をして言い合う。
「薫殿も、左之も、弥彦をからかいすぎでござるよ。弥彦、早く燕殿を追いかけるでござる。おぬしもこのままでは困るでござろう?」
「お、おう!」
弥彦は慌てて飛び出した。
「燕!」
弥彦はすぐに追いつき、燕の腕をつかむ。
「…ごめん!…悪かった。」
燕は恐る恐る、弥彦を見る。
「俺、その…恥ずかしくて…」
「…じゃないの…?」
「え?」
聞き取ることができず、弥彦は聞き返した。
「私のこと…嫌いじゃないの?」
そして再び燕の目には涙が。
「…、あったりめーだろ?」
そう言った瞬間、燕が弥彦に抱きついた。
「つ、燕!?」
弥彦は耳まで真っ赤になる。
「…よかった…よかったぁ…」
燕は肩を震わせ泣きじゃくる。
弥彦は困るし、恥ずかしいしで、ついつい可愛くないことを言ってしまう。
「ほーら、また泣く…」
すると、燕はハッとして、真っ赤になって弥彦から離れる。慌てて涙を止めようとするが、止まらない。
「ご、ごめんなさ…「あやまんじゃねーよ」
弥彦は、燕の頭をポンポンとなでた。
「いーんだよ。その分俺が強いんだから!」
ニッと笑った弥彦をみて、燕もつられて笑った。
燕の目に、涙はもう涙はなかった。
END
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