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花束を君に


あいつみたいだ。
その花を見て、俺はすぐにあのツインテールの少女を思いだした。







君に似てる花




「主役がもらえたんです!」

ナッツハウスでうららは開口一番そう言った。

「おめでとう!」

「良かったね」

みんなが口々にいうなか、俺だけは何も言えなかった。

あいつは目が合った時にニコッと笑った。

「良かったな。」

そう言えばよかっただけなのに、言わなかった。
否、言えなかった。
一言で片付けたくなかった。

あいつが、泣くほど頑張って、努力して、つかんだ夢を一言で片付けたくなかった。
あいつが夜遅くまで公園やいろんなところで台詞を練習していたのを、俺は知っていた。


「…シロップ?」

「…ちょっと出かけてくる。」

何も言えないまま、俺はナッツハウスを飛び出した。



これといって、行きたい場所もないので町をブラブラとしていると、いたるところであいつの写真や広告を見つけて、複雑な気持ちになった。



そんな時




「見て!向日葵だぁ!」「ほんとだ!可愛いしきれいだよね〜!」



二人の女の子たちの言葉で振り向くと、

あいつみたいな黄色くて美しい花束がそこにはあった。






『ひまわりの花束
大切なひとへの贈り物やプレゼントに』


その文字と花束を交互に見比べて、俺はこれだ!って思った。





笑顔のために






しかし…

(高いな…)

『三千円』と書かれた値札を見て、ため息をついた。

(金なんて、千円は愚か、百円ももってねえよ)

金がないと、買えない。
今すぐ、稼げるところ…








****


「働きたい!?シロップが!?」

「そうだよ。わりぃかよ。」

自分より頭1つ大きい相手を睨みつけた。

「悪くはないけど…なんでまた?」

ココはわけがわからないといった感じだ。

「…買いたいものがあるんだ。一週間だけでもいい。」

「…」

ココはナッツに目を向けた。

「……一週間だけでいいのか?」

本から目を離さずに聞いてきた。「あぁ。」

「じゃあ、とりあえず店の宣伝。それから掃除。それが終わったら店番だ」

ナッツがすらすらと言う。

「俺達は今日は用事がある。よろしく頼むぞ。」

「おぅ!」




ビラ配りと掃除を二時間で終わらせて、あっという間に店番の時間になった。


今日から確か一週間は、学校も昼までのはずだ。

と、思った瞬間にドアが開いてあいつらが入ってきた。だが、うららはいない。



「こんにちはぁー…ってあれ?シロップだけ?」

「あぁ。あの二人は用事だってよ。…あいつは?」

「あいつ…ってうららさんのこと?」

「うららは仕事よ。主役になったから忙しいんですって。」


「ふーん…」

(忙しいのか…)




『主役になったから忙しい』
かれんの言葉は本当らしく、うららは俺が働いた一週間、一度もナッツハウスに来なかった。

そして、最終日。ついに給料がもらえた。

俺は足取りも軽く花屋へ行ったのだが…。




君の笑顔が遠い日




「売り切れた…?」

「えぇ。先日ね。すみません、本当に…新しいのも届いてなくて…」

「…はぁ」

せっかく働いたのに。給料の入った封筒を握り締めた。

「あの…せっかくなんで、花束作りましょうか?ひまわり一本余ってるんです。」

その言葉で俺は顔をパッとあげた。

「はい!お願いします!」







花束ができるまで、俺は外で町の景色を眺めていた。

ちょうど正面に大きな画面があり、暇つぶしにそれをみていた。
すると…




『次はあなたにインタビューのコーナーです。今週は、今、日本中が注目する新人アイドル、春日野うららちゃんです!』

「!」

あいつが、いた。

「こんにちは!春日野うららです!」

そこにいたのはいつもと変わらない笑顔の、
アイドル『春日野うらら』だった。
妙に距離を感じて、思わず画面に背を向けた。








「できましたよ」

そう言う店員の腕には
かすみそうやガーベラにかこまれたひまわりが一本綺麗に咲いていた。

何度も礼を言い、店をあとにした。


(どんな顔をするだろう。笑って受けとってくれるだろうか…)

あいつの反応を想像して、少し緊張した。
不安にも思った。






「シロップ?どうしたんですか?」

たまたま運良くあいつに出会った。仕事の帰りらしい。

駆け寄ろうとして、固まった。
あいつの腕には、一週間前に俺がみた、あのひまわりの花束があった。









「それ…貰ったのか?」

思わず俺は自分が持っている花束を後ろに隠して聞いた。

「え…。こ、これは、」

少し赤くなって、あいつは黙ってしまった。

『ファンからのプレゼント』
または
『家族やマネージャーからのお祝い』


それとも…
「好きな…ヤツに…?」

すると、うららは真っ赤になってアタフタと慌てて、

「えっ、あ、あの」

とか、わけのわからないことを言い出した。


そんなあいつが可愛く思えたが、ショックだった。

急に、馬鹿らしく思った。



「悪いけど、用事思いだしたから、帰る。」

それだけ言って、駆け出した。

「えっ…。シロップ…?」

あいつに背を向けて。







何度も捨てようと思った。花束も、あいつへの思いも。

でも…



どっちも捨てられずに持って帰ってきていた。



「馬鹿だな…。…俺。」
花束を握りしめて、つぶやいた。





「…そんなこと、ないですよ。」


よく知った声に驚いて、振り返るとツインテールのあいつが、そこにはいた。

「お前っ!なんでここに!?大体、今仕事のはずじゃあ…」

思わず声を荒げた。

「今は休憩時間です。」

そう、あいつは言った。

『じゃあ休憩しとけよ』と言おうとしたけど、俺に会いに来てくれたことが嬉しくて、何も言えなかった。

でも、あいつは俺の考えていることがわかったみたいで、
いつものように、ニコッと笑った。



「今日は、私がシロップに用事があるんです。」

「俺に…?」

俺は眉間にしわを寄せる。

「シロップ、お昼間なんだか様子がおかしかった気がして、」



優しく、しかししっかりとした口調で、核心をつく。


「…別に…何でも」

「本当ですか?」

まっすぐ見つめてきた。この瞳に俺は弱い。

「…あぁ」

やっとの思いで答える。

「なら、いいですけど…。」



沈黙がつらかった。それを破ったのも、やっぱりあいつだった。

「シロップ…あの、これ、どうぞ。」

「…? …!!」


あの花束だった。

ひまわりがきれいに咲いている。

「これ…」

「『大切な人への贈り物に』って書いてあったんです。男の子に花束って、あんまり嬉しくないかもですけど…でも」

ニッコリ笑って話すアイツ。

「この花束みて、『シロップみたい!』ってすぐに思ったんです!」

(同じこと考えてたのか?)
照れくさそうに話すうららを見て嬉しくなる。


「ありがとな」

「いいえ!」



俺も、




「うらら、」

「はい?」

さっきまで握りしめていた花束を差し出す。
少ししなびてしまったけれど。





「…主役、
おめでとう」


ひまわりが笑った気がした。




END