ピチャン!
『ひぅっ!?』
小さく声が舞う。
桃を驚かせた犯人である雫は、首筋をするっと流れていく。
‥雨、である。
『‥雛森先輩、傘ないんですか?』
『え、あ‥おはよう日番谷くん!』
二人は先輩と後輩。剣道部の部員とマネージャー。それだけの関係。
だがそれにしてはどこかおかしい台詞を、今朝の日番谷は口にした。
『‥傘、一緒に入っていきません?』
『‥へ?』
桃は、朝から変わったジョークを聞いたような気分になった。
日番谷は礼儀をきちんとわきまえているが、基本的に女子とはあまり関わろうとしない。
明らかに今の言葉はおかしい。よって聞き間違いである、と判断した桃は日番谷に問うた。
『傘が、どうしたの?』
『‥だから、学校まで俺の傘入っていきますか?』
あぁ、やっぱり変だ。聞き間違いではなかった。けれど変だ。
『‥えと』
サァ―――‥
ポツポツとなっていたのが、急に大きな雨粒となって降り始める。桃の制服も髪もあっという間に濡れていく。するとぐっと引っ張られて、日番谷の飾り気のないシンプルな黒傘の下に入れられた。
『濡れますから、入ってください。ってか、いれます』
彼らしい傘だな、とか意外と背は自分より大きいんだ、とか。
桃の頭の中は疑問符とともに何気ない発見で埋め尽くされた。そもそも、男の子の傘に入れてもらうこと自体が初めてなのだ。
新鮮であると同時に、戸惑いも感じる。‥所謂、相合い傘というもの。
彼は構わないのだろうか、自分とこんなことをして。桃は気になって顔をうかがおうとしたが、日番谷は普段と変わらない表情のままだった。
無言のまま、二人は並んで歩く。学校は、すぐに見えてきた。
『あ、あの‥日番谷くん。ありがとね』
『‥いえ』
声が普段よりかすれているような気がしたが、風邪でもひいているのか。桃が熱をはかろうと手を伸ばすと驚いた顔をされた。
『な、なんすか、先輩‥』
うわずった声は、傘の下という狭い空間の中で響いて消える。
『風邪でもひいてるのかな、と思って。‥日番谷くん、部活の時となんだか様子が違うし‥』
“傘に入れてくれるなんてびっくりしちゃった”
桃がそう呟いたら、プレゼントの代わりです、と返された。
『‥雛森先輩の誕生日だ、って朽木先輩から聞いたんで』
『‥‥あぁ!なるほ‥ど‥?』
誕生日。確かに今日‥6月3日は桃の生まれた日。
‥しかし。やはり首をかしげる。女の子に、誕生日を理由に傘を差し出す。‥果たして日番谷はこんな人物だっただろうか?
答えは否のはずなのだ。
『‥先輩』
『ん?』
『いや、なんでもないです』
桃と目を合わせて、すぐにそらす。少なくとも今の日番谷は、余裕なく見えた。
玄関にタン、と足を乗せる。バサッと傘を閉じる音がする。妙に短く感じた登校時間は、終わりを告げた。
『‥ありがとう、また部活でね!』
再び笑顔と感謝の言葉を贈って。‥桃が教室へとを向く前に。
手首に熱。
『雛森、先輩』
『!‥日番谷くん?』
『‥誕生日、おめでとうございます。』
呟きのような声で。
『帰りも雨だったら、傘半分貸すんで』
目の前から走っていった。
傘に入れてくれる約束だ、と桃がのみ込むのはなぜだか時間がかかった。
頬が少し、熱かった。
‥そういえば、“おめでとう”を今年最初に言ってくれたのは家族以外では日番谷ということになる。
『‥‥』
手首に感じた熱がまだ残っている。
この熱を忘れたくないと感じるのは、桃にとって何かの予兆なのか。
『‥帰り、雨だといいな‥』
気付かぬうちに零れた言葉は、しっとりと空気に溶けていった。
(恋のきっかけは、溶けて馴染んだ。)
‐fin‐
飴ころさんから、フリーということで、いただいてきました!
いまの季節にもピッタリな、雛森お誕生日記念小説です♪
とっても素敵…v
先輩後輩設定って萌えますねw
ありがとうございました♪
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