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Happy Valentine!




「清水君のバカ!分からず屋!」

そう叫んで、綾音は部室から出て行った。

残った部員は、唖然としてその後ろ姿を見つめる。
大河は険しい表情で、手をギュッと握りしめた。
それは、ある寒い日のことだった。






happy valentine!





今日は、女子にとって、特別な日。
そう、バレンタインデーだ。

「清水くぅぅうん!」

大河はウンザリした顔で振り向いた。

「な「これ!チョコレート!受け取って!」

「いや…あの「はい!」

なかば強引に大河の腕に押し付け、女生徒はキャーキャー言いながら去って行った。

『はぁ…』

大河は深い溜め息を一つついた。
朝から放課後の今までずっとこんな調子だ。
かばんの中はチョコレートだらけ。なのに、一番欲しい人からのチョコレートは、いまだにかばんの中にはなかった。

「これ、お前らにやるよ。」

部室の机に、チョコレートをドサッと置く。
他の部員たちは、騒ぎ出す。

「え!…でも…!いいんスか、キャプテン?」

「うん、1人でこんなにも食べられないし。」

興味なさそうに、大河は答える。

「それに、好きな子以外からもらったチョコなんて、別にどうでもいいしね。」

───ドサッ

物音がしたドアの方に、みんなの目線が集まる。

「あっ…マネージャー…!」

気まずそうに、渋谷が呟く。
落としたのか、すぐそばには紙袋が落ちていた。
綾音は大河の言葉にショックを隠しきれない。

「ちが…、マネージャー、今のは…」

大河が慌てて弁解しようとするが、綾音は聞こうとしない。

「…ヒドイ。最低だよ、清水君。」

「は…」

大河は冷や汗を流しながら、涙目の綾音を見た。

「一生懸命…女の子が気持ちを込めて作ったチョコレートをそんな風に言うなんて!」

綾音は大河を睨んだ。
すると、大河もムッとして言い返す。


「じゃあどうしろってんだよ!?全部1人で食べろって!?」

「そうじゃないでしょ!?食べるとか、食べないとかじゃなくて、『どうでもいい』なんて言うことがヒドイっていってるの!そんなこと言うなら、受けとらなきゃいいでしょ!
きっと…」






──佐藤先輩なら、絶対そんなこと思いません!

部員達が息をのむ。
綾音の言葉に大河はキレた。


バン!!!

「ひっ」

大河は両手を壁について、綾音を閉じこめる。綾音は小さく悲鳴をあげた。


後輩達の、『きゃ、キャプテン…!』という言葉も、今の大河には聞こえない。


「…んだよ!佐藤、佐藤って!そんなにアイツが好きなら、アイツのところに行けばいいじゃん!」


「…!」


大河は自分で自分を制御できなくなっていた。
好きな人がチョコをくれないどころか、他のやつからのチョコを受け取っても妬いたりもしない。
しかも、自分にとって、ライバルのアイツと比べられ…
逆に自分が嫉妬してしまう始末…



綾音の目にはみるみるうちに涙が溜まっていく。



綾音も綾音で、自分の矛盾した感情に、混乱していた。

女の子達からのチョコレートなんかに、喜んで食べて欲しくない。むしろ、受け取って欲しくない。
でも、自分のチョコレートが同じように、『どうでもいい』なんて言われたら…?




「…、清水君こそ、どうして、佐藤先輩のことそんな風にいうのよ!?」

「決まってんだろ?あいつが嫌いなんだよ!」

大河の言葉に、綾音は眉を吊り上げる。


「どうして!?」


「っ、お前が…!」

言いかけて、大河はハッとする。綾音は首を傾げた。

「なに…?」

「な、なんでもねぇよ…!」

「でも…!」

気にする綾音に大河は冷たく言った。










「アンタには関係ない。」






「…もういい!清水君のバカ!分からず屋!」


綾音は泣きながら走り去って行った。


「キャプテン…いいんスか?」

「…。」


「マネージャー、泣いてましたよ?」
「…うるさい。」


「でも、キャプテン、マネージャーが好きなんでしょう!?」

バッと後輩達を見る。
みんなと目が合う。


「…お前ら、気づいて…」


「当たり前ッスよ!」


「…もういいんだよ、アイツは俺なんか…」



一年生達が、にやっと笑った。

「キャプテン、マネージャー…キャプテンのチョコレート、持ってきてましたよ?」


「…!」


「らしくないッスよ、キャプテン!」


「早く行って下さい。マネージャーがいないと、キャプテン、練習にならないでしょ?」


「キャプテン!」






「っ、先に練習始めてろ!」


「「「はい!」」」


大河も綾音に続いて、部室から飛び出した。













「マネージャー!」


「…!清水君…」

大河は、学校の近くの公園で、綾音を見つけた。

だが、お互いに、なんと言ったらいいのかわからず、気まずい空気が流れた。

その沈黙を破ったのは、大河だった。


「…ごめん。
ちょっと、イラついてたんだ。マネージャー、俺にはチョコくれないのかと思って。」


「…!そんなわけないよ!」


綾音は一瞬目を見開いて、溜まっていた涙をぬぐった。

「…佐藤先輩のことも、さ。ヤキモチ、妬いたんだよ…!」


「えっ…!」


『それって…』と、綾音は真っ赤な顔の大河を見つめる。
そして大河も、意を決したように、綾音をまっすぐ見つめた。







「俺は、マネージャーが好きだ。」







「…っ、私だって…清水君が好きだよっ…!」









2人にとって、今年は、甘くて、ちょっぴりほろ苦いバレンタインデーとなった。



END