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恋と憧れ





「綾音ちゃん?」

ある日、町中で呼び止められた。よく知った声に、綾音はぱぁっと顔をあげる。



「…佐藤先輩!」




再会




「久しぶりだね。元気だった?」

「はい!佐藤先輩も…優勝、おめでとうございます…!」

「ありがとう。」

公園のベンチに座って、たわいもない会話をしばらくする。だが、綾音は何か違和感を感じていた。
(私…佐藤先輩としゃべってるのに…)




“あまりドキドキしない…”




「ところで…」

「?」

「綾音ちゃんたち、そろそろ夏の大会があるんじゃ…?」

「はい、そうなんです!」

寿也の言葉に綾音はさらに顔を輝かせた。

「今年は、茂野先輩にそっくりな一年生が入ってきたんですよ」

「へぇ〜、吾郎君に?」
寿也が少し驚いて聞いた。

「はい、偉そうなとことかそっくりだって、清水君が言って…あっ!」

『そうだ』

といった感じで綾音が振り向く。

「先輩、『清水大河』君って覚えてませんか?」

「…『清水大河』君?」

「はい、確かリトルで一緒だったって清水君が」

『うーん』と、少し考えてから、

「あ、」

と声をあげる。

「多分、思いだしたと思うよ。」

「本当ですか!?」

「うん。
…で、清水君がどうしたの?」


「それが…」

綾音は日頃から思っていたことを寿也に話し始めた。



性格も態度も悪く、第一印象が最悪だったこと。

でも、野球がすごくうまく、試合でもよくヒットを打ったこと。

口は悪いけど、優しいところもあったり、ケンカしたときはちゃんと謝ってくれること。

キャプテンになったときは自信をなくしていたけれど、チームのことをちゃんと考えてくれていること。

人一倍、自分に厳しく練習していたこと。



寿也は綾音から話を聞きながら、海堂対聖秀の試合の大河を思いだす。

「それからですね、先輩…清水君ったら…」

大河の話が止まらない綾音を見て、寿也は
『クスッ』
と、笑った。

「ど、どうしたんですか?」

驚いて綾音が聞く。


「いや、綾音ちゃんが面白いなって思って」

「えぇっ!?」

ほんのり頬を赤く染めて、綾音は目を丸くした。

「清水君の話してるときの綾音ちゃん、すごく楽しそうなんだよ。」

「へ!?」

思わず、綾音は間抜けな声を出す。










『すごく清水君が好きなんだね。』

寿也の言葉に綾音は一瞬固まった。

「…ち、違います!」

「え?違うの?」

寿也はキョトンとして聞く。

「…わ、私が好きなのは」

(佐藤先輩です。)


その言葉が出てこない。

(違う。清水君じゃ…)
(でも…)
(だって私は佐藤先輩が)

目の前でクルクル表情が変わる綾音を不思議そうに、でもどこか楽しそうに寿也は見ていた。


(佐藤先輩は)

かっこよくて、完璧で、みんなの注目の的で…
いつも、私の憧れだった。
『憧れ』
そう、この言葉がぴったりだ。


(じゃあ、清水君は?)

口はいつも悪いけど、優しいし、かっこいいからモテるし…
時々、女の子達としゃべってるの見てたら、苦しい…

この気持ちは何年か前と同じ…

中学一年生のときの佐藤先輩への気持ちと似てる。


これは…








「答えは見つかった?」

寿也の言葉に綾音はハッとする。

「す、すみません、先輩…急に黙っちゃって…」

「いや、なかなか面白かったよ。綾音ちゃんの百面相。」

アハハと笑っていう寿也に綾音は顔を赤くする。

「あの、先輩…」

「…なんだい?」


少し迷いながらも、綾音は寿也に言った。


「先輩は…中学の時からずっと…
私の憧れでした。」

「…。」

寿也は真剣に綾音の話に耳を傾ける。

「元気がなかった時とか、先輩の頑張ってる姿見て、私も頑張ろうって思えました。それで…」

「…それで?」




「…本当にありがとうございました!
私…私、佐藤先輩の後輩で良かったって思います。
今回の事も…
先輩のおかげで自分の気持ちに気が付きました。」

綾音は寿也に笑顔を見せる。

「私…頑張って気持ち伝えてきます。
私はやっぱり、



清水君が好きみたいです。」

「…そっか。頑張ってね、綾音ちゃん。」

「はい!」

そのとき見せた、後輩の笑顔。
何度もお礼をいいながら去っていくその背中を少し淋しげに寿也は見送った。

そして、五年後、彼女の隣に彼の姿があることを、心から祈った。





END