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迷子が連れてきた幸せ2


聞き慣れた声がして、薫と真吾は同時に振り返った。
見ると、吾郎が汗だくになりながら走って向かってくるところだった。

「ごろー兄ちゃん!」

「このバカ、あんだけはぐれるなって言ったのに…心配しただろーが!」

「ごめんなさい…」

「ったく…」

真吾を叱りつけた後、吾郎は振り返り、面倒を見てくれていた人物に礼を言おうとした。

「すんません、弟が……」

そして薫の顔を見て固まった。まじまじと薫の格好を見て、再び薫の顔を凝視した。
薫は気まずそうに視線を泳がせる。

「……」

「……」

「…なんだ。清水か」

「第一声がそれかよ!」

相変わらずの吾郎のボケに薫は思わず突っ込んだ。

(久しぶりの再会に『なんだ』はないだろ!)

「あー、ワリィワリィ。『孫にも衣装』だな、清水!」

「あんた意味分かって言ってんの?しかも漢字違うし!」

久々の幼なじみとの掛け合いに、吾郎は楽しそうに笑った。

「つーか、お前一人で来たのか?」

「ううん、友達と…」

そこで薫は忘れていた友人達の事を思い出した。

「なんだ、お前も迷子かよ」

「ちげーよ!」

慌てて連絡をしようと携帯をとりだすと、その時着信が。
吾郎に『ちょっとごめん』と言ってから薫は電話に出た。

「も、もしもし!」

“あ、薫?”

「うん、ごめんね、今…」

“あー、いいの、いいの!”

「へ?」

“あたしらはあたしらでお参りするから、薫もお参りしてきな――”

―――茂野くんと!

「…!!っな!なんで!?」

どこからかみていたに違いない。薫はキョロキョロと辺りを見渡すが人が多く、友人がいるかどうか確認出来ない。

“じゃあね!”

「ちょ、ちょっと!」

切られた電話が虚しく耳元でツー、ツー、という音をたてていた。
おおきくため息をついた薫を真吾は心配そうに、吾郎は不思議そうに見た。

「どうしたんだ?」

まさか“お前とお参りしてこいって言われたんだよ”などと言える訳もなく。薫はどう答えようかと困ってしまった。
そうと知ってか知らずか、吾郎は明るく言葉を投げかける。

「なんだ、お前、友達に見捨てられたのか!」

「な、なんだよその言い方は!」(あながち間違っちゃいない気もするけど…!)

するとそれまで二人を交互に見ていた真吾が口をひらいた。

「ごろー兄ちゃん、ボク、カレーのおねーちゃんもいっしょにおまいりしたい!」

「ん?あぁー、そうだなぁ…」

真吾の言葉を聞き、吾郎は薫をチラリとみた。

「正月早々女一人でお参りってのも可哀相だしなぁ」

「なんだとコラ!」

「おねーちゃん、もうおまいりしたの?」

「え…してない…けど、」

吾郎と真吾と会話をしながら、薫はどんどん二人のペースにはまっていっている気がした。

「じゃあちょうどいいじゃねーか」

「でも…親子水入らずなのに」

「んだよ。気にすんなよそんなこと。真吾やかーさん達も喜ぶぜ」

『かーさん、お前の事気に入ってるみたいだしな』と話す吾郎と、目をキラキラさせている真吾に見つめられて、しばらくして薫も『じゃあ、お言葉に甘えて』と小さく頷いた。




「真吾!…見つかったのね!よかった…って…
あらっ!もしかして清水さん!?」

「あぁ、病院の時の…!」

「あ、はいっ。明けましておめでとうございますっ!」

「おめでとう。今年もよろしくね」

桃子と英毅に緊張しながらもペコペコ挨拶をする薫。そんな彼女をニコニコと見つめる桃子。

「今日は、一人で…って、そんなわけないわよね」

「えっと…ちょっと事情があって」

困ったように口ごもった薫に代わって、吾郎が口をひらいた。

「こいつ友達に見捨てられたみたいでさ、なんか可哀相だったから拾ってきた」

「だから違うって言ってんでしょ!しかも『拾った』って、捨て犬みたいに言うなっ」

「あぁ、そーかそーか。間違えたぜ。『迷子』だったな!」

「ほ〜ん〜だ〜!」

言い争う二人をよそに、今度は真吾が説明し始める。

「あのねママ、カレーのおねーちゃんはね、ボクといっしょにママたちをさがしてくれてたの」

「まぁ。そうだったの…ありがとう。ごめんなさいね、清水さん。」

「い、いえいえっ。」

吾郎に向けていたムッとした顔から一点、少し照れたような笑顔で首を振った。

「ねぇー、ママ、おねーちゃんもいっしょにおまいりしたい!」

「そうね!それがいいわ!どうかしら、清水さん?」

「あ、はい!ぜひ…!」

そうして薫は茂野一家とともにお参りに向かった。






(しまったな…)

茂野一家と並び、お参りした後、帰り道への石段を下りながら、薫は顔をしかめた。
どうやら慣れない下駄に、靴ずれしてしまったようだ。それでも気づかれまいと、薫は平静を装っていた。
しかし、

「…どうした?」

「…へっ!?」

明らかに様子がおかしい薫。いつになく心配そうに、吾郎は彼女の顔を覗き込んだ。
するといきなり現れた吾郎の顔に、驚いた薫はわたわたと慌てて後ずさった拍子に足を滑らせた。

「きゃ、」

「…っあぶね!」

とっさに吾郎は薫の腕を掴んで引き寄せた。

「…ったく…気ィつけろよ、大丈夫か?」

「ご、ゴメン…大丈夫…っ!」

「お、おい…」

その瞬間、またもや痛みで顔が歪む。それでもすぐに笑顔を作り吾郎に向けた。

「ゴメンゴメン!…ちょっと、疲れただけ!」

「………」

「吾郎ー!清水さーん!入り口で待っとくわよー!」

気をきかせようと思ったのか、桃子が階段のずいぶん下の方から声をかけてきた。
それに適当に返事をして、彼女達が行ったのを見てから、吾郎は薫に向き直った。
そして『ん。』と、ぶっきらぼうに右手を差し出した。
その差し出された手をみて、薫は目を丸くした。恐る恐る控えめに、そのごつごつした大きな手に触れた。