聞き慣れた声がして、薫と真吾は同時に振り返った。
見ると、吾郎が汗だくになりながら走って向かってくるところだった。
「ごろー兄ちゃん!」
「このバカ、あんだけはぐれるなって言ったのに…心配しただろーが!」
「ごめんなさい…」
「ったく…」
真吾を叱りつけた後、吾郎は振り返り、面倒を見てくれていた人物に礼を言おうとした。
「すんません、弟が……」
そして薫の顔を見て固まった。まじまじと薫の格好を見て、再び薫の顔を凝視した。
薫は気まずそうに視線を泳がせる。
「……」
「……」
「…なんだ。清水か」
「第一声がそれかよ!」
相変わらずの吾郎のボケに薫は思わず突っ込んだ。
(久しぶりの再会に『なんだ』はないだろ!)
「あー、ワリィワリィ。『孫にも衣装』だな、清水!」
「あんた意味分かって言ってんの?しかも漢字違うし!」
久々の幼なじみとの掛け合いに、吾郎は楽しそうに笑った。
「つーか、お前一人で来たのか?」
「ううん、友達と…」
そこで薫は忘れていた友人達の事を思い出した。
「なんだ、お前も迷子かよ」
「ちげーよ!」
慌てて連絡をしようと携帯をとりだすと、その時着信が。
吾郎に『ちょっとごめん』と言ってから薫は電話に出た。
「も、もしもし!」
“あ、薫?”
「うん、ごめんね、今…」
“あー、いいの、いいの!”
「へ?」
“あたしらはあたしらでお参りするから、薫もお参りしてきな――”
―――茂野くんと!
「…!!っな!なんで!?」
どこからかみていたに違いない。薫はキョロキョロと辺りを見渡すが人が多く、友人がいるかどうか確認出来ない。
“じゃあね!”
「ちょ、ちょっと!」
切られた電話が虚しく耳元でツー、ツー、という音をたてていた。
おおきくため息をついた薫を真吾は心配そうに、吾郎は不思議そうに見た。
「どうしたんだ?」
まさか“お前とお参りしてこいって言われたんだよ”などと言える訳もなく。薫はどう答えようかと困ってしまった。
そうと知ってか知らずか、吾郎は明るく言葉を投げかける。
「なんだ、お前、友達に見捨てられたのか!」
「な、なんだよその言い方は!」(あながち間違っちゃいない気もするけど…!)
するとそれまで二人を交互に見ていた真吾が口をひらいた。
「ごろー兄ちゃん、ボク、カレーのおねーちゃんもいっしょにおまいりしたい!」
「ん?あぁー、そうだなぁ…」
真吾の言葉を聞き、吾郎は薫をチラリとみた。
「正月早々女一人でお参りってのも可哀相だしなぁ」
「なんだとコラ!」
「おねーちゃん、もうおまいりしたの?」
「え…してない…けど、」
吾郎と真吾と会話をしながら、薫はどんどん二人のペースにはまっていっている気がした。
「じゃあちょうどいいじゃねーか」
「でも…親子水入らずなのに」
「んだよ。気にすんなよそんなこと。真吾やかーさん達も喜ぶぜ」
『かーさん、お前の事気に入ってるみたいだしな』と話す吾郎と、目をキラキラさせている真吾に見つめられて、しばらくして薫も『じゃあ、お言葉に甘えて』と小さく頷いた。
「真吾!…見つかったのね!よかった…って…
あらっ!もしかして清水さん!?」
「あぁ、病院の時の…!」
「あ、はいっ。明けましておめでとうございますっ!」
「おめでとう。今年もよろしくね」
桃子と英毅に緊張しながらもペコペコ挨拶をする薫。そんな彼女をニコニコと見つめる桃子。
「今日は、一人で…って、そんなわけないわよね」
「えっと…ちょっと事情があって」
困ったように口ごもった薫に代わって、吾郎が口をひらいた。
「こいつ友達に見捨てられたみたいでさ、なんか可哀相だったから拾ってきた」
「だから違うって言ってんでしょ!しかも『拾った』って、捨て犬みたいに言うなっ」
「あぁ、そーかそーか。間違えたぜ。『迷子』だったな!」
「ほ〜ん〜だ〜!」
言い争う二人をよそに、今度は真吾が説明し始める。
「あのねママ、カレーのおねーちゃんはね、ボクといっしょにママたちをさがしてくれてたの」
「まぁ。そうだったの…ありがとう。ごめんなさいね、清水さん。」
「い、いえいえっ。」
吾郎に向けていたムッとした顔から一点、少し照れたような笑顔で首を振った。
「ねぇー、ママ、おねーちゃんもいっしょにおまいりしたい!」
「そうね!それがいいわ!どうかしら、清水さん?」
「あ、はい!ぜひ…!」
そうして薫は茂野一家とともにお参りに向かった。
(しまったな…)
茂野一家と並び、お参りした後、帰り道への石段を下りながら、薫は顔をしかめた。
どうやら慣れない下駄に、靴ずれしてしまったようだ。それでも気づかれまいと、薫は平静を装っていた。
しかし、
「…どうした?」
「…へっ!?」
明らかに様子がおかしい薫。いつになく心配そうに、吾郎は彼女の顔を覗き込んだ。
するといきなり現れた吾郎の顔に、驚いた薫はわたわたと慌てて後ずさった拍子に足を滑らせた。
「きゃ、」
「…っあぶね!」
とっさに吾郎は薫の腕を掴んで引き寄せた。
「…ったく…気ィつけろよ、大丈夫か?」
「ご、ゴメン…大丈夫…っ!」
「お、おい…」
その瞬間、またもや痛みで顔が歪む。それでもすぐに笑顔を作り吾郎に向けた。
「ゴメンゴメン!…ちょっと、疲れただけ!」
「………」
「吾郎ー!清水さーん!入り口で待っとくわよー!」
気をきかせようと思ったのか、桃子が階段のずいぶん下の方から声をかけてきた。
それに適当に返事をして、彼女達が行ったのを見てから、吾郎は薫に向き直った。
そして『ん。』と、ぶっきらぼうに右手を差し出した。
その差し出された手をみて、薫は目を丸くした。恐る恐る控えめに、そのごつごつした大きな手に触れた。
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