十番隊隊舍に近づいてくる霊圧。それは十番隊隊長、日番谷冬獅郎まよく知っている者のもので、彼は顔をあげた。
「こんにちは、シロちゃん」
「雛森…どうした?」
「えへへー、ちょっとね」
「?」
彼女、雛森桃の行動は、たまによくわからない。とりあえず、冬獅郎は書類を片付けた。
「お前…五番隊の仕事はいいのか?」
「今お昼休憩なの。そういえば乱菊さんは?」
「………」
大きな冬獅郎のため息で、雛森はその意味を理解する。
「そ、そっか。大変なんだね…」
「まぁ、今日の分は終わったけどな。」
「えっ、乱菊さんの分も?すごーい!さっすがシロちゃん!」
「…その呼び方やめろ。
…で、なんか用か?」
そう冬獅郎が聞くと、桃は少し頬を染めて、ごにょごにょと呟いた。
「あ、あのね、シロちゃん、覚えてる?」
「…?」
「おばあちゃんと一緒に暮らしてたとき、シロちゃんがあたしの髪、結ってくれたことがあった、よね」
「………」
もちろん冬獅郎も覚えていた。真っ赤になりながら、ぎこちない手で桃の髪を結ったこと、そして、その時の彼女の笑顔も。
「だからもう一回、結って欲しいなー、なんて…」
「んなっ…!?」
言葉につまる冬獅郎。
「どうしてもだめなら…いいんだけど」
そんなふうに頬を染められながら寂しそうに言われて、断れるはずもなく。
「………しゃあねぇ、座れよ」
にこにこして座っている桃とは対照的に、冬獅郎はムスッとしながら桃の後ろに立っていた。
もちろん髪を結ってやるのが嫌な訳ではなく、緊張しているだけだったのだが。
「じゃあ…お願いします」
といって、髪を解きにかかる桃。
それがなんだか妙に大人っぽくて、冬獅郎は柄にもなくドキリとする。
解かれた彼女の髪は、ほとんどお団子頭にしていた形もついておらず、まっすぐで艶やかで美しい。
桃が持って来ていた櫛を通すが、全くひっかかることがない。
そっと髪に触れてみる。
鼻先をくすぐる、彼女独特の甘い臭いに、冬獅郎は突然気恥ずかしさに教われた。
その時彼は、一つの疑問が浮かんだ。『あの時』の自分は、何故桃の髪を結ってやったのだろう?
あの頃の自分は(今もだが)進んで自分から、桃の髪を結ってやるような性格ではなかったはずだ。
なのに、なぜ?
「…シロちゃん?ねぇ、シロちゃん」
何かを忘れてないか…?
「シロちゃん!」
桃の声に、冬獅郎はハッとした。
「あぁ、悪ィ」
「…どうかしたの?」
「いや…なんでもねぇよ」
(そうだ。俺じゃない。)
冬獅郎は心のなかでつぶやく。
(『あの』時、俺はいつもと同じだった。違ってたのは──)
「雛──、…桃」
「!?…え、あ…な、なに…?」
突然呼ばれた、名字でなく名前。驚く桃だが、次の冬獅郎の言葉にはもっと驚いた。
「何か…あったのか?」
「……え…」
冬獅郎は思い出した。
あの時の桃は、友達とケンカしたらしく、落ち込んでいた。
それで、少しでも元気を出して欲しい、と冬獅郎は自ら彼女の髪を結ってやったのだ。
「ないんなら別にいいんだけどよ。なんかあの時は…泣いてた気がした、から」
「………」
「………」
黙ってしまった桃。冬獅郎は再び手を動かしはじめた。
「………本当に簡単なことだったの。でも、私のミスのせいでいろんな人に迷惑かけちゃって…」
「………」
冬獅郎は話を聞きながら髪を紐で結ぶ。いつものようなお団子にはせず、横で一つに結んだ。冬獅郎には雛森や乱菊達のようなオシャレの知識はそんなにはない。それでも、できるかぎり綺麗に、丁寧に結んだ。
それから、何かを思い出したように机の引き出しから小さな包みを取り出した。
「できたぜ」
「え、あ、ありが…!」
鏡を見ながら礼を言いかけた桃が思わず目を見開く。
結んであるところには、可愛らしい髪飾りがつけられていた。
「シロちゃん…これ…?」
「……やる」
「え…、でも、こんな可愛いの…貰っちゃっていいの…?」
「俺につけろってのかよ。…いいんだよ、もともとオメーにやるつもりだったんだ」
「私に…?」
照れたように少し目をそらす冬獅郎を、桃はキョトンとして見つめる。
「…ありがとう!」
「おう」
戻ってきた笑顔に冬獅郎はホッとする。
「…桃」
「?」
「…ミスは誰だってするんだよ。それより、大事なのはそのミスをプラスに変えるかマイナスに変えるかだ」
「……うん。そうだね!ありがとう、シロちゃん」
『じゃあそろそろ戻ろうかな』と、桃は席を立つ。
「おう。…まぁ、またなんかあれば…いつでもこいよな」
「うん。じゃあね」
そう言ってかけて行った桃の笑顔は、きた時よりも輝いていた。
(俺は…昔からアイツに助けられてきたんだ。俺に出来ることなら、なんでもする)
(頑張れよ、桃)
そう呟いて、冬獅郎は目を閉じた。
END
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