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未熟な恋心




「…うー…わかんないよぅ…」

とある教室で一人の少女が頭を抱えていた。
彼女の目線の先には分厚い本と真っ白なノート。

高校で最初の中間試験が迫り部活が休みになった今日、彼女は一人、居残って勉強をしていた。
友達が先程まではいたのだが、塾があるらしく先に帰ってしまったのだ。
たいていの科目はそこそこできるのだが、数学だけはどうしても苦手な彼女は、真面目なので、答えをみたりしたくはないらしい。
ノートと教科書を交互に睨みつけていた。
しかし、睨みつけているだけであって、実際頭の中は真っ白だったのだが。
そんなとき。


「あれ、マネージャー…?」

聞き慣れた声に、マネージャーこと、鈴木綾音は顔を上げた。

「…清水くん」

教室に入って来たのは、クラスメートかつ、同じ部活のキャプテン、清水大河だった。

「なにしてんの」

「…なにって…見たらわかるでしょ」

「…家でやんないの?」

「家じゃ、集中できなくて…」

「ふーん」

そういいながら、大河は綾音の一つ前の席に座った。
そして綾音の手元を覗き込む。


綾音は、正直大河が苦手だった。ひょうひょうとしていて、何を考えているのか、イマイチわからない。口も悪いし、こども扱いしている。
最近は出会った頃より、彼のことを知り、良いところも見えてきたような気がする。
しかし、


「…なんか、真っ白ですけど」

「………だって、」

(またばかにする気なんだわ)

綾音は入学式の日の彼との会話を忘れていなかった。
高校に入るまで、優しくされたことはあっても、こんなに…しかも男子で馬鹿にしてくるものなど、いなかった。
しかも年上の先輩に憧れていたためか、彼女は子供扱いされることを気にし、ひどく嫌がった。

大河は大河で彼女の態度が気になっていた。
彼の性格上、素直になることは、この上なく難しい事で、つい話すとからかったり、子供相手な口調になってしまう。

それが裏目に出て、彼女にいい印象があまりもたれていないことにも、大河は気づいていた。
もちろん大河は(入学時の件含め)本気で馬鹿にしたりしているのではないのだが、綾音には冗談として通じていなかったのだ。



綾音は俯いた。
そんな綾音を見、大河は綾音の教科書を手にとったかと思うと、おもむろにページをめくり始めた。


「……これ」

「…?」

「これ応用すればいいんじゃないの」

差し出されたページを見ると、確かに溶けそうだ。

「あ、ありがと、う」

「ん。どーいたしまして」

しかし、すぐに止まる綾音の手。大河からの視線に、居心地の悪さを感じて、綾音は顔を上げた。

「あの…清水くん…もう、大丈夫だよ。
清水くんも、テスト勉強あるでしょう?」

「………」

(これは…俺を気遣ってるのか、ただ俺に早く帰って欲しいだけなのか…)

前者ならまだいいが、後者は…ショックだ。
しかし、それならなおさら帰る訳には行かない。

「帰って欲しい?」

「えっ…!?」

綾音はうろたえた。

「マネージャーが帰って欲しいなら、帰る。」

「そ、そんなことないよ!」

思わずパッと出た大きな否定の言葉に、大河だけでなく、綾音自身が驚いて目を丸くした。

「あ…えとっ、…」

(なんか…清水くんの前じゃ、格好悪いとこばっか見せてる、私。)

真っ赤になって綾音は大河を見た。
すると、大河は綾音が見たこともないような顔で笑っていた。

「じゃあ、マネージャーが終わんの、待っとく」

『もう暗いし』とつけ足す大河を、綾音はポカンとして見ていたが、大河に急かされて、慌てて解きにかかった。

(なんか…ヘンだ、清水くん)

(…ヘンなのは、私もか)


確実に大きくなった胸の鼓動。

私は勘違いしてたのかな…
嫌いだから苦手だったんじゃないかもしれない。
…もしかしていつもの清水くんのあの態度は、照れ隠しだったのかも…

「マネージャー」

「…へっ!?な、なに!?」

「……なんでもない」

「?そう?」

明らかに態度が柔らかくなった綾音に、大河は思わず笑みを漏らした。







「なんかごめんね、家まで送ってもらっちゃって…」

「いーよ、べつに。俺が行くっつったんだから。方向一緒だし」

「嘘ばっかり」

大河の家が別方向にあることを、綾音は知っていた。
綾音がクスクス笑うと、大河は照れたように、拗ねたようにぷいとそっぽを向いた。


「それじゃあ、ここだから…」

「あぁ、また明日な」

とりあえず家に入るまで見送ろうと大河が見ていると、綾音が振り返った。

「………、清水くん、」

「…?なに?」

しばらく言いにくそうにしていた綾音だったが、意を決したように口を開いた。

「あの、いろいろごめんね
それから…ありがとう」

「………」

「おやすみなさい」

そう言って、綾音は慌てたように家に入っていった。







自転車を漕ぎながら、大河は緩んだ頬に自分でも気づかずに、なんだかふわふわした気分になるのを感じた。

そしてまた、明日からもっと頑張ろうと心に誓うのだった。




END




大→(←)綾。
大河は薄々自分の気持ちに気付いてるけど、綾音ちゃんはまだ、友達として好きかな、ぐらい。

自分で書いてて訳わかんなくなりました(笑)
もうちょっとうまくなりたい!