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てのひらの上で【中編】


(…本田が言ったって…本当だったの…?)

「な、なんで…!?」

気まずそうに吾郎は視線をずらし、口を開いた。

「…実はよ…」





それは昨日の放課後のこと。

「茂野くん、あの、ずっと好きでした!
付き合ってください!」

校舎裏に呼び出された吾郎は、他のクラスの女子に告白された。転校してからというもの、このようなことが増えた。
もちろん、最初は舞い上がっていたが、足の怪我をし、正直今はそれどころではなく、吾郎はすべて断っていた。

「あー…わりぃけど、俺、付き合ったりとかは…」

今まではそれでおさまっていたが、今回は違った。
告白したのは、同じクラスのかわいいと評判の女子だった。プライドも人一倍高い彼女は、納得がいかず、吾郎に詰め寄った。

「なんで…?」

「あ?」

「なんで断るのよ!?」

「はぁ?」

(逆ギレかよ)

吾郎は舌打ちをした。が、彼女は怯まない。

「なんでみんなの告白断るの!?付き合ってる人いないんでしょ!?」

(めんどくせーな)

そう思い、吾郎はため息をついてこう言った。

「…いるよ」

こういうと諦めるだろう。吾郎はそう思ったのだが、彼女は諦めなかった。

「誰!?」

「あぁ?なんでお前にそこまでいわなきゃいけねーんだよ」

「ほら、言えないってことはやっぱりいないんだ!そうやって断るために嘘ついてるのよ!」

「いるんだっての!」

「じゃあ誰!?」

吾郎はすっかり困ってしまった。
そのとき、ふっと浮かんだ幼なじみの少女。

吾郎は目の前の女子に向き直った。







「何…それであたしと付き合ってるって言ったの…?」

「…まぁな」

「……」

正直薫は喜んでもいた。嘘でも恋人の役になれたのだから。しかし、複雑だった。本当に意識していたとしたら、吾郎は自分を嘘でも恋人だというだろうか?

「まぁ、いいじゃねぇか。お前も付き合ってる奴いねぇんだろ?むしろ嘘でも俺と付き合えるなんて、ラッキーだぜ、清水さん?」

吾郎のその言葉に、薫の中の何かがぷつんと切れた気がした。

(人の気も知らないでこの男は…!)

「なんだよ…それ…」

「あ?」

薫が吾郎をキッと睨む。
その瞳には涙が溜まっていた。
吾郎は思わずたじろぐ。

「おい、清水…?」

「本田は…あたしを何だと思ってんの!?あんたの都合であたしを振り回すな!」

「なっ…!」

ついにこぼれる涙。吾郎は薫が何故泣いているのか分からず、どうすればいいのかわからない。

「…本田なんか…もう知らないっ!」

薫はそう残し、走り去った。

「っ、清水!」







体育館裏。薫は階段に座り、泣いていた。
そこに近づく、一人の人物。

「清水…先輩…?」

「…綾音ちゃん…」

「ど、どうしたんですか!?」
涙にぬれた薫の頬を見て、綾音は驚いたように声をあげた。

「あ…ごめん!なんでもないよ」

慌てて涙を拭き、苦しそうな笑顔を見せる。

「…何かあったんですか?……茂野先輩と」

驚いて薫が綾音を見ると、綾音は顔を少し赤くして、
『すみません、余計なことを…』
と言った。

「ううん。大丈夫。…綾音ちゃんは…噂聞いた?」

「噂…ですか?」

「あたしと本田…茂野が付き合ってるっていう…」

すると綾音は目を丸くして、薫に聞いた。

「え…噂…というか、私清水先輩と茂野先輩は付き合ってると思ってたんですけど…違うんですか?」

「ち、違うよ!付き合ってないよ!」

慌てて薫は否定する。

「そうなんですか!…お似合いだなぁって思ってて…」

「あはは…」

「それで、噂が…?」

「あ、うん…」

綾音が促すと、薫は俯いて足元の小石を見つめながら、口を開いた。

「実は…あいつ、告白を断るために、あたしと付き合ってるって言ったらしいの」

「え…!だって、先輩達は…」

「うん。べつに付き合ってない。ただの幼なじみ。だけど、女子の中では…多分一番あいつと関わりがあるのよね。だからこそ、あいつもそう言ったんだと思うんだ。」

「………」

淋しそうな薫の横顔に、綾音はかける言葉がみつからない。

「あたしは…本田のことが好きだけど、あいつは知らないもんな…でも、なんか悔しかった…」

「先輩…」





後編へ続く