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鈍感な彼の台詞







「マネージャーってかわいいッスよね」


目の前にいた後輩、渋谷の言葉に、大河は眉をぴくりと動かした。

「………そお?」

自分でも声の調子がいつもと違ったと思い、大河は心の中で舌打ちした。

「別に…普通じゃね?」

「そんなことないッスよ!髪サラサラだし」

「優しいし!」

「一年にファンいっぱいいるんスよ」

「…へえ」

口々に声を揃えて言う一年生に、大河は顔をしかめた。

「…キャプテンって、マネージャー好きなんですか?」

「………は!?」

渋谷の言葉に、思わず大河は吹き出しそうになる。

「渋谷ぁ、そんな当たり前な事聞くなよー」

「そうそう、そんなの決まってんじゃん」

「…おい、お前らまで何言ってんだよ」

からかわれるのが大嫌いな大河は不機嫌そうに部員を睨みつける。

「え、だってキャプテン、マネージャー好きでしょ、絶対!」

(絶対ってなんだよ!?)

図星をつかれ、大河は無意識のうちに頬を染めた。

「…っ!ありえねえっしょ。だいたい俺年下しか興味ないし!あんなガキっぽいやつお断り。マネージャーじゃなかったら関わってねーよ」

(キャプテン…ひどい)

(てか、言ってること矛盾してる…)

(焦りすぎ…わかりやす)

それぞれ部員達は心の中でつぶやいた。
次の瞬間。

「…マネージャー…聞いてたらきっと泣いてますね」

渋谷の言葉に誰もが固まった。
十数秒間の沈黙を破ったのは───


ガラッ


「「!!」」

みんな跳び上がった。
入口に立っていたのは、委員会で遅れた一年だった。
ほーっと同時にみんなに息をつかれ、彼は頭にクエスチョンマークを並べた。

「な、何?」

「や、なんでもねーよ」

「…マネージャーじゃなくてよかった…」

「あ、そうだ、キャプテン。」

一年は大河の方へ振り返った。

「さっき、そこの階段でマネージャーとすれ違ったんですけど…」

え・・・・

「なんか…泣いてて…すごいスピードで走っていきましたよ?」



屋上の空気が凍りつき、大河の顔は真っ青になった。フェンスから、体育館の方へ向かう綾音を見つけた大河は慌てて屋上からの階段を駆け降りた。




***


体育館裏に座り込んでいた綾音は、大河が近づいてきたのを見つけ、思わず体を強張らせた。

その態度に、大河はやっぱり会話を聞いてしまったのだと確信した。

「…ごめん」

「……どうして…?清水くんは悪くないよ」

『私が勝手に泣いてただけ』
そう言う綾音の涙の跡が残る痛々しい笑顔に、大河は胸を締め付けられた。

(責めてくれればいいのに…)

そんなことを思ったのは初めてだった。

「…マネージャーじゃなかったら、なんて、考えたこと…ねーよ」

「え…」

「そんなん、想像つかない」

(マネージャーのいない野球部…なんて)

大河の言う意味が、綾音にはよくわからなかったが、
マネージャーじゃなかったら…とは考えたことはない。それはつまり、

(マネージャーじゃなかったら関わらない…というのは嘘…ととってもいい…のかな?)


不機嫌な表情で顔を赤くする大河に思わず綾音は顔を綻ばせた。





***


「…マネージャーってさ、俺のことどう思ってんの?」

「……はぇ!?」

大河がじいっと見つめると、綾音は頬を染めた。

(どう…といわれても…)

赤くなって俯く綾音に、大河は小さな希望が見えたように思えた。

(でも、)
(もし勘違いだったらスゲー恥ずかしいぞ、これ…)
(どうする…)

少し悩んだ後に、大河は口を開いた。

「何、もしかしてマネージャー俺のこと好きだったりすんの?」

いつものからかい口調になってしまった。でもこれなら、勘違いでもうまくごまかせられるかもしれない。
またいつものように
『そんなわけないでしょー!』という綾音の反論を待ったが、いつまでたってもかえってこない。

不思議に思って彼女を見ると、その顔はボッと効果音がつきそうなくらいに赤く染まっており、動揺して思わず大河もつられて頬を染めた。

「え、…俺のこと好きなの?」

すると綾音はハッとして口を開いた。

「ち、ちが…そうじゃ…!」


「好きじゃないの?」

「……っ!!」

目を泳がし、うろたえる綾音をみて、大河はにやける顔を抑えられなかった。

「残念。俺、マネージャーのこと好きなのに」

「え……えぇ!?」

まるで祭の金魚みたいに、赤くなって口をパクパクさせる彼女を、心から愛しいと思ってしまう大河だった。





END