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鈍感な彼の台詞







「はぁ…」


少女が土手で浮かない表情でしゃがみ込んでいた。
赤べこの燕だ。
そんな彼女に気付いた少年がトコトコとやってきた。

「…燕?」

「…!弥彦くん…」

二人とも忙しくて、最近会っていなかった。久しぶりに見た姿にお互いホッとする。

「やっぱり…なんだよ、また泣いてんのか?」

「泣いてなんか…」

そう言った瞬間、燕の瞳にはみるみるうちに涙が。

「…!?お、おい、どうしたんだよ!」

「ご、ごめんなさい…なんでもないの」

「なんでもねぇことねーだろ。ほら、話してみろよ。聞いてやっから」

そういうと、弥彦は燕の隣にドカッと腰を下ろした。
そんな弥彦をチラリと見て、燕はおずおずと話し出した。

「…『大嫌い』って…言われたの…」

「はぁっ!?誰に!?」

「…信太くん…って、最近よく友達と赤べこにくる子なんだけどね…」


彼が赤べこに初めてきたのが一週間ほど前だった。
突然名前を聞かれ、知り合ったその日から、信太はよく赤べこに来ては燕にちょっかいをかけるようになった。
『燕、燕』

『?信太くん…どうしたんですか?』

『見て見てこれ』

『??』

そう言われて覗きこんだ彼の手の中には、一匹の蛙が。

『キャア!』

泣きながら逃げる燕を信太は楽しそうに笑いながら追いかけてくる。

そんな日が続き、ついに我慢出来なくなった燕は今日、信太に言った。

『いい加減にしてよ…!どうして私に意地悪ばっかりするの…!?』

『どうしてって…』

『…信太くん、燕ちゃんが好きなんと違う?』

突然口を挟んだ妙の言葉に、信太は明らかに動揺した。

『…な…そんなわけないだろ!誰がこんなとろくさくて、地味な奴…
…むしろ大っ嫌いだ!!』




「…」

弥彦は不機嫌だった。今の話で信太が嫌いになった。でもなぜだかそれは、信太が燕に『大嫌い』と言ったからではない気がした。

「…そいつ、燕が好きなんじゃねぇの?」

「…弥彦くん…私の話、聞いてた?」

全く信太の気持ちに気付いていない燕に、弥彦は呆れと安堵のため息をついた。

「…で、お前はそんなに…『信太に』大嫌いって言われたのが…ショックだったのか…?」

「…それもあるといえばあるんだけど…『大嫌い』って言われたの初めてだったし…」

(信太に言われたからショックをうけたわけじゃないんだな)

燕の言葉を聞き、弥彦は胸を撫で下ろした。

「…それよりもね、不安…に、なったの」

「不安?」

「…うん」

またじわりと涙がにじんできた燕の涙を着物の袖で拭いながら、弥彦は聞き返した。

「私…信太くんが言ったように地味だし、とろいから…妙さんや赤べこのみんな、薫さんとか…
弥彦くんにも、知らず知らずのうちに嫌われるようなことしてるんじゃないかって…」

「燕」

燕の言葉を遮るかのように、弥彦は力強くしっかりと彼女の名を呼んだ。

「確かに、お前は人と比べたら動き遅いし、ドジかもしんねぇ」

「…」

「でもな、」

燕の頭を優しくポンポンと撫でながら、弥彦は続けた。

「俺はお前が好きだぜ」

「…!」

真っ赤になった燕につられて、弥彦も赤くなる。

「え、あ…!ちが、深い意味は…」

「う、うん…」

弥彦は咳ばらいをして立ち上がった。

「と、とにかく!誰もそんなことでお前を嫌いになったりしねぇから!分かったな!」

コクリと頷き、燕も立ち上がる。

「あと、信太の事は俺がなんとかしてやる」

「ほ、本当?」

「あぁ…んじゃ、帰ろうぜ」

「あ、弥彦くん、」

「…?」



「私も…弥彦くん大好き!」

沈みかけた夕日の中で、二人の笑顔はキラキラと輝いていた。


End